第9話
彼女の名前はユーリヤと言った。
「ソーライは変わった名前ね」
「スラム育ちだから適当につけられたんだ」
「そう」
ユーリヤはすぐにソーライに打ち解けたようだった。
同じ軍に所属していることも大きいのだろう。そもそも先ほどの合い言葉は諜報員同士が星外で情報交換をするためのものというよりは、単身で星外に渡った者が孤独に耐えられず同志を見つけるために作ったと聞いたことがある。
調査の補助でヴィエラに来たらコンテナの中で君を見つけた、と概要を伝えると彼女はすぐに自身がアンドロイドであることを告白した。同胞ならば信用できる、とアンドロイドも考えるのだろう。
「ユーリヤは大切に育てられたんだね」
ソーライは言葉を返した。彼女の名前はサトーラでは昔からよく聞く由緒正しい名前だ。ある程度高い格式を約束された名前でもある。
「そうでもないわ」
しかし彼女は淡々とかぶりを振った。そのまま言葉をつなげる。
「私は爆弾なの」
「爆弾?」
何かの比喩だろうか。ソーライが尋ねるとユーリヤは説明を始めた。
「私の役目は星外の大都市に
「電波を受信? 情報基地の役割か」
「いいえ。その電波を受信すると、私の中に眠る装置が作動して化学反応を起こし、半径五百メートルに被害を及ぼす爆発を引き起こすの」
「え……」
ユーリヤの説明書を読むような無機質な物言いに、ソーライは驚いて目を見開いた。彼女は自分のことを『爆弾』と言ったが、それは比喩ではなかったのだ。
「……君は、それでいいの?」
「アンドロイドだから。痛みは感じないわ」
「そうじゃなくって!」
彼女はアンドロイドだ。感情はなくても思考する力はある。死ねと言われて簡単に死ねるものなのか。
えも言われぬ感情がぐるぐると頭の中を回って、ソーライはこれ以上言葉を繋げることができなかった。彼女になんと声を掛ければいいのか分からない。
「助かりたいとは思わないの?」
ようやく出した質問に、しかしユーリヤは答えなかった。
その顔を見れば「この人は何を言っているの?」と不思議そうな表情を浮かべている。
彼女はしばらく無言だったが、ふと公園の時計を見上げた。
「ソーライ、そろそろお別れよ。合い言葉が発動してから私の録画機能がオフになるのは三十分間だけなの。研究者たちに貴方の存在が知られる前に行って」
「……分かった。また会えるかな」
「貴方が同志なら、またあの言葉を使うといいわ」
ひとまず拒否はされなかったようだ。録画機能が復活する前にソーライを遠ざけようとしているのも彼女の善意だろう。
ソーライは後ろ髪を引かれつつも公園を後にした。もう少し情報が引き出せれば良かったが、時間制限があるのだから仕方ない。
ユーリヤが研究所に向かって歩き始めるのを見届けると、ソーライは通信機を取り出した。
通話が繋がると、ソーライは苦虫をかみつぶしたような顔つきで告げた。
「シュラー、彼女の存在の意味が分かったよ。爆弾だ」
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