第2話

 ソーライは久々に昔の夢を見た。

 着る物も食べる物も、住む場所さえままならない幼い頃の夢だ。

 ソーライは惑星サトーラのスラム街で育った。親の顔は知らない。育ててくれたじいさんは、彼を健康食品店の裏で拾ったと言っていた。名前の由来もその店名からだ。

 物心ついたときにはすでに残飯漁りや乞食こじきをして皆の分の食べ物を集めていた。ソーライはいくらか見目みめが良かったので、物乞いをすれば色々と与えてくれるご婦人は多かった。

 そんな彼の元に軍人がやってきたのは七歳の頃だ。

 スラム街には軍人が定期的に足を運ぶ。子供を物色して連れて行くためだ。

 なぐさみ者としてではない、諜報部隊として育てるのだ。比較的健康状態のいい子供が目を付けられ、ソーライも例に漏れず軍隊に召し上げられた。

 しかしいくら健康でも生き残るのは一握りだ。

 諜報部隊候補には武術のほかに特別過酷な訓練があった。それが低気温の中での生存訓練だ。

 いきなり雪山に放り出されることはなかったが、段階を踏んで過酷さは増していき、訓練開始から一週間もすれば布きれ一枚で氷穴に三日入れられる。最終的に待っているのはマイナス二百七十度の世界だ。

 常識で考えれば生身での生存は不可能、しかしサトーラ星人には極端な気温における生存能力があった。しかもその能力が開花するのは子供だけだという。

 そして、訓練をしたからといって百パーセントその能力が発揮できるわけではない。諜報部隊の候補がスラム街の子供であるのはそのためだ。貴族の子息にそんな博打は打てないだろう。

 一緒に召し上げられた子供は多かったはずなのに、気がつけばソーライの周囲から毎日少しずつ消えていた。雪山訓練のあとは一気に十数名の顔を見なくなった。

 そして隊長は言うのだ。

 スラム育ちのお前たちは使い捨てで当然だ。そもそも生きていないのだから、今更なにをせいにしがみつくのかと。


 ソーライはゆるりとまぶたを持ち上げた。

 貨物室の天井が見えた。

(じーさん……まだ生きてるのかなあ)

 幼い頃の夢を見て久々に思い出した。『じーさん』と呼んでいたが、当時でも七十歳を超えていなかったように思う。今生きていれば八十前後だろう。サトーラを出るときに挨拶出来なかったのだけが心残りだ。

(まあ今の状態になるとは思ってなかったんだけどな)

 シュラーに会わなければ、きっとまだサトーラ軍人を続けていた。もうこの世には存在していない可能性もある。

 衣食住の整った今の生活に感謝をしながら、ソーライは寝転んだままぐるりとあたりを見回した。

(赤いラベル……サトーラ?)

 目の前のコンテナに赤いラベルが貼られている。ラベルの色は所属する惑星を示していた。赤はサトーラの色だ。

 この輸送船は衛星メイラからヴィオラまでの直行便。運ばれる荷物は主にメイラの物で、サトーラの荷物がメイラ経由でヴィオラに行くパターンは少ない。

(シュラーに連絡しておくか)

 不自然さを覚えたソーライはゆるりと身体を起こした。

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