第32話 これからは、俺が君をリードするから

「これで、書き終わったぁ……」


 高野碧音たかの/あおとは一人で描き切った小説を前に、達成感に満ち溢れていた。


 今までアズハと二人で小説と向き合ってきたところがある。


 けど、今回は全くもって違うのだ。


 ストーリーも、世界観も、キャラクターも、すべて、碧音自身が考え、それを小説として表現した。

 だから、心が豊かになっているのだ。


 碧音は胸の高鳴りを感じ、視線の先にあるパソコンの画面を見る。


 今回はショート作品として、コンテストに参加することになるのだが、しょうがない。


 締め切りまで、三日くらいしかなかったのだ。


 これでも、頑張った方であり、誰かに褒めてもらいたい気分ではある。

 けど、小説は誰かに褒められるために書いているわけではなく、自分の想いを表現する場なのだ。

 だから、そういう形での評価はやっぱり、いらないと思った。


 小説を描き切ったからと言って、自慢するのも何か違う。

 こういうのは、自分の心の中だけに留めておくことにした。


 碧音は最終確認を行い、パソコンを使って、コンテストのサイトを開く。

 そこに必要事項を記入し、ショート作品のURLを入りつけ、間違いがないか、もう一度見直した後、確定ボタンをクリックするのだった。




 木曜日の夜――


 碧音は小説を書き終え、満足した形で就寝することにした。


 明日は重要な日である。


 だから、明日に備えて、もう休もうと思う。


 金曜日は、学校から帰ったら、亜香里と、あの話を、あの二人にすることを決めているのだ。

 そんなこともあり、胸の内が少々高鳴っていた。


 碧音はベッドに入るなり、瞼を閉じようとする。

 だがしかし、なかなか難しく、色々と気にかかることが多く、すぐには寝付けなかった。


 碧音は布団に入ったまま、スマホを片手に動画サイトを見る。

 数分ほど眺めていると、眠気が碧音を襲う。

 ゆっくりと瞼が重くなっていき、そのまま意識が途絶えたのであった。




 気が付けば朝である。


「もう、朝か……」


 碧音は瞼を擦りながら、まだ眠気さが残る朝を迎えた。

 そして、上体を起こし、ベッドから立ち上がると。カーテンを開けて、すぐに学校に行く準備をするのだった。






「碧音……今日、言うんでしょ?」

「そうだけど?」

「じゃあ、碧音が最初に言ってよね」

「え、お、俺から?」

「そうよ。普通はそうじゃない」

「そういう決まりはないと思うけど」


 碧音は否定しがちである。


 碧音と亜香里は今、金曜日の放課後を迎え、共に通学路を歩いていた。


 二人はどっちが最初に話を切り出すかで、やり取りをしていたのだ。


「じゃあ、じゃんけん?」

「……だったら、俺が言うから」

「そうこないとね」

「まあ、葵さんも、多分、俺の口から知りたいだろうしな……」


 碧音はそう呟いた。


 以前、葵と共に、亜香里との思い出の場所に行き、過去の真相を知ったのである。


 葵は忙しい日々を過ごしながらも、碧音のことを気にかけて心配していた。

 それは恋愛的な意味合いではなく、普通に人生の先輩的な理由である。


 碧音は色々と世話になった彼女のためにも。それに加え、一緒に生活してきた父親のためにも、自分の口から今後のことを話そうと思う。




「亜香里って、最初っから、昔のことを覚えてたんだな」

「当たり前だし。というか、昔の事忘れるとか、最低だと思ってたわ」

「ごめん……俺、全然覚えていなくて」

「……でも、わかってくれたならいいよ。私は……」


 亜香里は思いつめた顔を見せる。


「そういえば、昔さ。告白するなら、俺の方からって、そういう約束だったな」

「そうよ」


 亜香里は溜息交じりな話し方をする。


 次第に亜香里の表情が明るくなってきた。


 碧音がすべてを思い出してくれたこと。そして、思いを受け入れてくれたこと。

 そういった思いが詰まった表情をしているのだ。


 碧音も、彼女の悩みが晴れてよかったと、今は思う。


 だから、迷いたくないのだ。

 この思いを棒に振りたくない。


 そう感じ始める。


「ねえ、碧音……」

「なに?」

「……な、何でもないし……」

「どういうこと?」

「だから、これ」


 亜香里は手を差し伸べてきた。

 そういうことかと、ちょっとばかし遅れて気づく。


 感が鈍いんだと改めて感じてしまう。


 碧音は、隣を歩いている彼女の手を握り、共に家へと向かって歩き続けるのだった。






 亜香里と出会ったのは幼い頃。


 碧音は家庭の事情で、引っ越しが多かった。

 そして、亜香里の家庭も両親の仕事柄、住む場所を転々としていたのだ。


 運命の巡り合わせなのかはわからないが、たまたま、小学三年生に進級する前の春休み。

 奇跡的に、それぞれの家庭の都合により、引っ越し先が、この街だったのだ。


 碧音は、その時出会った亜香里に、一目惚れをした。

 けど、その感情が恋愛的なものだと知るわけもなく。碧音の方から、友達になるような感覚で、亜香里に話しかけたのである。


 この胸に感じる温かい感情は友達しての想いだと、その当時は解釈し、その春休み中、二人は一緒に遊んだのだ。




 けど、いずれかは別れが来るというもの。


 亜香里の両親の都合で引っ越しが決まったのである。

 しかし、碧音はそれをすんなりと受け入れることなどできず、亜香里と一緒に電車に乗り、できるだけ遠くの場所まで向かった。


 その場所は錫村駅がある街。

 そこに降りるなり、必死に、とある場所まで移動した。


 それは神社である。


 神に願えば、何とかなると思っていた。

 けど、そんな誰かから聞いた迷信なんて嘘だったのだ。


 小学生ながら、そのことに気づき、現状を受け入れるようになった。


 頑張ってもできない。

 自分は一人では非力な存在なのだと痛感したのである。


 それから一人では何もしなくなった。


 だから、誰かに流されるがままに、生活するようになり、生きづらさを感じ始め。次第に、自宅にいる時は、自室に引きこもるようになったのだ。


 それから自分の想いを表現できる唯一の場所であるネットへと興味を惹かれるようになり、そこからネット小説というものを知った。


 自分の想いを表現できる唯一の環境。

 唯一の居場所だった。


 でも、亜香里と関わるようになって、気づけたような気がする。


 一人で考え込んでいても何も変わらないと。


 碧音は前向きにならないといけない。




 そう決心をつけ、口を開く。


 今は夜の八時頃。


 自宅リビングにはソファに座った父親がいる。そして、その隣には亜香里の姉である葵が座っているのだ。


 葵は、亜香里に呼ばれ、仕事が急がしながらも切り上げてやってきたのである。


 その二人にまじまじと見られながらも、テーブルを挟んだ反対側のソファに座る碧音は深呼吸をした。そして、右隣からは、亜香里の視線を感じるのだ。


 そんな中――


「俺、亜香里と本当の意味で付き合うことにするよ」


 緊張した声の抑揚で、碧音は迷うことなく言い切ったのである。


 すると、父親がぽかんとしていたが、ようやく気付いたようで表情を変えた。


「そうか。わかった。碧音がそういうなら、私は止めやしないさ。けど、それ以上の関係は高校を卒業してからだけどな」

「わ、わかってるから」


 父親のふざけた発言により、急に緊迫した状況は崩れた瞬間だった。


 何はともあれ、父親は亜香里と付き合うことをすぐに承諾してくれたのである。

 むしろ、父親は、碧音と亜香里が付き合うことを待ち望んでいたのかもしれない。


 そんな雰囲気があった。




「私もいいよ、そういうと思ってたし。って、まあ、そうね。私は、二人にくっ付いてほしかったし。これは、これでいいって感じ」


 葵は肯定的だった。


 意外にもあっさりと話は終わったのである。


 話す前は緊張しているところがあり、長い時間に感じた。けど、口にすれば、案外すんなりと片が付いたのだ。


「それで、二人を付き合せたかったのはね、昔の件もあるんだけど。私。仕事とかで今後忙しくなってくるし。亜香里のことだから、一人でなんでもできるとか言いそうで。誰かと付き合ってほしかったの。結婚前提でね。その役割なら、昔馴染みの碧音に任せられそうだし、それでいいでしょ、碧音君」

「はい」


 碧音は承諾するように、ハッキリと頷いた。


「それと、義雄さん」


 それは、父親の名前である。


「私は今月いっぱいで仕事辞めることにしたから」

「え? いきなり?」

「ええ。あの会社にいても、パッとしないし」

「じゃあ、私はこれから?」

「だったら、私のところに来る? もともと私ね、経営していた実績があるし。あなたの仕事ぶりを見て、一応採用してもいいけど?」

「で、では、お願いします」


 碧音と亜香里以外のところでも、色々と決まり始めていることがあった。


 父親と葵が仕事についての話をする傍ら。

 碧音は亜香里の方を見やる。

 しかし、彼女は恥ずかしそうに視線を逸らす。

 その直後に彼女は視線を合わせてくれたのである。


 大野亜香里おおの/あかりは今までと違い、睨んでくることなく、優しく微笑んでくれるのだった。

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俺のことを嫌っている美少女と、家庭の都合で同居する羽目になり、付き合うことになった話。 譲羽唯月 @UitukiSiranui

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