第30話 私、これからも碧音と一緒にいたいと思えたの

「碧音からようやく普通に付き合えてるんだ、私」


 大野亜香里おおの/あかりは碧音と一緒に昨日、店屋でチョコバナナのお菓子を食べたのである。


「意外なところ、私の事ちゃんと見てんじゃん……」


 亜香里の中でホッとしたようで。色々と自分の好きなものを知られていることに、少々恥ずかしさを感じていたのである。


 でも、結果として、普通に碧音とデートできたことに嬉しさを覚えていた。


「あとは、お姉ちゃんに伝えるだけだよね……」


 亜香里は姉である葵に、その意向を告げることに躊躇いがあったのだ。


 でも、なんか、恥ずかしいんだよね……。




 身内にそのことを打ち明けるのには少々の抵抗がある。

 それと同時に、姉には感謝しているところがあった。


 姉が、碧音の父親に、一緒に住むという趣旨を告げたからこそ、今のように、碧音と同じ屋根の下で過ごせているのだ。


 ゆえに、姉が何もしてくれなかったら、碧音と隣の席だったとしても、自発的に付き会いたいとは言えず、平凡に高校生活を終えていたことだろう。




 最初の内は、高野碧音たかの/あおとと一緒に住むことに躊躇いや恥ずかしさはあった。


 お風呂から上がった時だって、全裸姿を見られたりもしたのである。


 強気な態度で、その時は乗り越えていたが、実のところ本当に恥ずかしかったのだ。


 でも、今は何とか、その恥ずかしさを堪えられるようになった。


 むしろ、エッチなことをしたいと思うようになったのである。しかしながら、自分からそんなことを言えるわけもなく、碧音からの誘いを待っている感じになっていた。




「できれば、私も、こういうのやってみたいかな……」


 自室にいる亜香里が、今手にしているのは、昨日、続きの巻を購入したラノベである。


 そのラノベは少々刺激が強い感じの作品であり、エッチなラインぎりぎりな内容。


「碧音もこういうの読んでるんだよね。私も、話を合わせるために、もっと読まないと、いけないよね」


 亜香里は碧音ともっと距離を近づけるための努力は怠らなかったのだ。


 やはり、好きな人のことはもっと知りたいし、趣味も共有したい。


 亜香里は日々、碧音のことを知るように心掛け、今は、ラノベばかり読むようになっていた。






「ねえ、碧音、少し、行ってくるから」


 亜香里は夕方頃、部屋を後に、リビングに居る碧音に告げた。


「え? どこに?」

「ちょっと、街中に」

「でも、六時過ぎたし、今からって」

「いいの。大丈夫だから」

「……早く帰って来いよ。でも、俺も一緒についていくよ」

「いいよ」

「でも、夜だし、危ないから」

「いいのッ、私は一人で行ってくるからッ」


 亜香里は、碧音からの好意を強引に押し切り、玄関で靴を履いて、自宅を後にするのだった。






 外に出れば、辺りは暗い。

 薄っすらと、電灯の明かりがつき始めているのだ。


 ちょっと暗いかな……。でも、早く続きが読みたいし、大丈夫だよね。


 亜香里は実際に外に出て、その暗さに嫌な感じを覚えるが、今読んでいるラノベの続きを早く知りたいのである。ゆえに、街中にある本屋に行きたくてしょうがなかったのだ。


 あまり遅くなってもいけない。だから、亜香里は駆け足に気味に、その道を走り出す。


 次の展開、どうなってんだろう。


 そんなワクワクした思いを抱いて、亜香里の気分は次第に高ぶり始めていた。






 数十分ほどで、街中の入り口に到着する。

 スマホの時間を見ればまだ、七時前。


 すぐに店屋に入って、すぐに購入して帰れば問題はないと思う。


 少々早歩きで店屋が並ぶ、道を歩いて移動する。


 普段から利用している書店に入り、すぐさま、ラノベコーナーに向かったのである。




 ラノベコーナーには、色々なラノベが出揃っている感じだ。

 この頃、読み始めたラノベの他にもほしいと思えるラノベがあった。


 大体一冊、七〇〇円程度。

 なんでも購入していると、すぐにお金が無くなってしまう。


 だから、すぐには色々と手を出せないのである。


 ……今日は、普段から購入しているラノベだけにしよ。

 他は、あとのお楽しみってことで。


 亜香里はそう思い、読みたかったラノベを本棚から取り、表紙と裏面のあらすじを確認する。


「……」


 亜香里はまじまじとあらすじを見て、どういう内容か確認していたのだ。


「でも、この内容だったら、四巻目も購入しておいた方がいいかな。でも、五巻目も?」


 亜香里は本棚の前で、じっくりと悩みこんでしまう。


 本当だったら、三巻目のラノベを購入して、すぐに帰宅する予定だった。


 けど、ラノベの裏面のあらすじを見てしまうと、次々と新しい巻のラノベが欲しくなってしょうがなかったのだ。


 こ、これじゃあ、帰るのが遅くなるじゃない……。


 亜香里は内心、慌てながらも、ラノベを手に迷ってばかりだった。


 でも、二冊。

 二冊なら、問題ないよね。


 消費税込みで、一五〇〇円だし、問題ないよね。


 亜香里は絶対に今日は、二冊だけと決めて、書店の会計カウンターへと向かおうとしたのである。


 書店のラノベコーナーに留まっていると、新しいラノベの表紙が視界に入り、なかなか、書店から出られなくなるからだ。


 ここは、切のいいところで、会計を済ませないとね。


 そう思い、頑張って、そのラノベコーナーから立ち去ろうと必死になっていた。


 うん、これでいいの。


 三巻と四巻を手にして、ラノベコーナーの方を振り向くことなく、先へと進む。


 背後から伝わってくる誘惑から何とか逃れ、会計場所へと到着することができたのだ。






 これで一安心ね。

 早く家に帰って、夕食を食べてから自室でゆっくりと読もう。


 亜香里は軽快な足取りで、街中を移動する。


 予定よりも三〇分ほども、オーバーしているのだ。


 今は少し早歩きで、自宅に戻らないといけない。


 碧音から余計に心配されても困る。


 亜香里はゆっくりと早歩きになり、街中を後にするのだった。




 ……なんか、さっきから、変な足音がするんだけど……私の勘違い?


 そう思いつつも、怖くて背後を振り返ることなんてできなかったのだ。


 誰かに後をつけられているような気がして、内心、怖い意味でドキドキしていた。


 今は夜八時に近い。

 辺りは真っ暗で、家を出た時と異なり、少々の歩きづらさを感じたのだ。


 誰も後ろにいないよね。

 あとをつけられていないよね……。


 少々の不安を感じ、胸の内が苦しくなる。


 刹那、何かを背後に感じた。


 嫌な予感が脳裏をよぎり、振り返る前に、背後から誰かに襲われたのだ。


 亜香里が声を出す間もなく、口元を塞がれてしまっている。


 予期せぬ事態に、亜香里は声を出せない。


「ねえ、声を出すな」


 え?


 聞こえてきたのは、女の人の声だった。


 男性ではないことに驚きつつも、あまりの怖さに体をうまく動かせなくなったのだ。


 あ、碧音は……。


 今思えば、碧音のいう通りに、一緒に来ればよかったと思う。


 でも、今は碧音はいない。


 た、助けて――


 亜香里は声を出せず、心の中で悲鳴を上げるのだった。






「アズハさん、そういうことは、やめてください」


 刹那、声が聞こえる。


 その声は、まぎれもなく碧音だった。


 でも、どうしてここにと思う。


 それに、碧音は、亜香里の背後から襲い、口元を抑えているであろう人物の名を口にしているのだ。


「碧音、ようやく私に会いに来てくれたんだね、嬉しい♡」


 アズハは亜香里の口元を抑えながら、楽し気な口調で言う。


「いいえ。もう、無理なんです」

「え? 何がなの?」

「俺、あの時から考えていたんです。やっぱり、アズハさんとはもう一緒に小説なんて書けないって」

「なんで? 私たち、ずっと前から一緒だったじゃない」

「アズハさん、少し妄想が過ぎますから。それに、これ以上、俺の彼女に何かをするなら、ここで警察を呼びますけど」

「彼女? んん、彼女は私の方でしょ?」

「あなたとはもう、関わりたくないんです。だから、彼女でもなんでもないですし。早く亜香里から離れてください」

「な、なんで? 私は碧音がいいの。私は碧音が、好きって私に言うまで、この子は解放しないわ」

「じゃあ、もう話にならないですね。昔は、そんなことなかったのに」


 碧音はため息交じりに言う。


 そして、暗闇でもわかるほどに、碧音が所有しているスマホの明かりは輝いていた。


「これで、もう終わりましたから」


 碧音はそう言ったのだ。


 そう言った直後、なぜか、二人の警察が姿を現す。


「ちょ、ちょっと、どういうこと? 碧音?」

「俺、本当は亜香里の後をつけていたんです。それで、不審な人物がいたので、数分前から警察に連絡を入れていたんですよ」

「そ、そんな私は、碧音と――」


 アズハは慌てている。夜なのに騒いでいて、辺りに住んでいる人らも数人ほど、何事かと外に出てくる。


「君、少し落ち着きなさい」

「そうですよ。一度、署の方でお話をさせてもらいますから」

「いや、私は、碧音と、まだ最後まで会話していないの」


 アズハは大声を出しているものの、警察らに動きを抑えられ、そのまま連行されていったのだ。


「亜香里、大丈夫だった?」

「……う、うん」


 亜香里は涙目になっていた。


 本当は泣きたかったけど、碧音が来てくれたお陰で、何とか涙を抑え込めている感じだ。


「私の後、つけていたの?」

「だって、心配だったしさ」

「だったら、あらかじめ声をかけてほしかったんだけど」


 亜香里は涙声で話す。


「というか、泣いていないか?」

「な、泣いてないし。碧音の見間違いでしょ。それより、早く家に帰るから」


 そう言い、亜香里は夜道を走り出す。


「お、おい、急に走ったら危ないぞ」


 背後から、注意深く言われるが、それでも嬉しかった。


 大好きな碧音から気に掛けられていると思うと、内面から湧き上がってくる暖かい思いに、体が包み込まれるようだったからだ。

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