第3話 あいつのことなんて、なんとも思ってないし…

「はあぁ……ダメだ、全然寝た気がしない……」


 高野碧音たかの/あおとはベッドから上体を起こす。


 自室のカーテンからは、僅かにだが朝の陽ざしが入り込んでいる。

 鳥の囀りも聞こえ、朝だということを認識できた。


「……起きないと、学校に遅れるよな……」


 碧音はベッド近くに置いているスマホを手に、現時刻を確認する。


 今、朝六時四十五分――


 早くもなく遅くもないといった感じの時間帯。


 碧音は自室を後に、階段を降り、一階リビングに移動する。


 扉を開けると、スーツ姿に着替え、丁度食事を終えた父親の姿があった。


「おはよう、碧音。私は会社に行ってくるからな。後のことは昨日の通りにな」

「う、うん……」


 碧音は何となく頷いて反応を返す。


 父親は碧音の肩を軽く叩き、念を押した後、玄関の方へと向かって行ったのだ。

 数秒後、遠くから扉が閉まる音が聞こえた。




「ねえ、そこに立たれていたら、私入れないんだけど、というか、邪魔」

「ん⁉」


 リビングの扉近くに佇んでいたことで、背後から聞きたくもない罵声を受けることになった。


「ご、ごめん……」

「謝る以前に、どけばいいじゃん」


 イラっとした。

 なんで、お前みたいな奴に謝罪しないといけないんだよという感情は、碧音の心の中にはある。

 でも、ストレートに言っても口論になるだけだ。


 碧音は冷静さを保つようにして、軽く笑みを見せた。




「……そういう顔いいから、マジでキモいんだけど。具合悪くなってきた」

「そういう言い方するなって」

「そういえば、朝の食事は?」

「俺の話は無視かよ」

「あんたのことよりも朝食の方が大事なの」


 大野亜香里おおの/あかりはそういうと、リビングを通り過ぎ、キッチンの方へと向かう。


「……何もないの?」


 亜香里はキッチン内で辺りをキョロキョロと見渡していた。




「ないよ」


 碧音も彼女がいる場所まで向かい、そう話す。


「え? なんで」

「なんでって、今日は金曜日だし。俺の家では、金曜日は自由に食べるって決まってるんだよ」

「なに、そういう意味不明なルールとか」

「しょうがないだろ。ここで住むことになるんだから、そういうのには従ってくれないと」

「……まあ、いいわ。じゃあ、学校に行く時にコンビニに寄って買うから」

「コンビニで? いつもそういう風な生活をしてたの?」

「ええ、そうよ」

「へえ、じゃあ、家柄がお金持ちとか?」

「別に、そういうわけじゃないけど。というか、なんで、あんたにそんなことを言わないといけないのよ」


 亜香里は不満げに返答し、碧音の足元を踏んできた。


「イタッ、な、なにすんだよ」

「あんたさ、その話の流れで私のプライベートとか聞き出そうとしてたでしょ?」

「してない。そういうの聞いてどうすんだよ」

「……それは、あんたのことだし」

「いや、俺は悪用なんてしないんだが? 俺に対して、どういうイメージなんだ?」

「それは、変態的な何か」

「そういう考えは辞めてくれ」


 碧音は真面目にお願いした。


「考えておくから」

「ちょっと、そういうのは」

「というか、私、もう行くから」

「え? もう行くの? まだ、七時前だけど?」

「あんたと一緒の空気を吸いたくないだけ」

「そうか、じゃあ、行けばいいよ」

「ふん、言われなくてもわかってるし」


 亜香里はそっぽを向き、キッチンを後に、リビングを通って階段の方へと向かって行ったのだ。






 碧音は、亜香里が自宅を後にしてから一時間後に、学校へ向かって歩き出した。


 昨日から大変なことばかりである。

 お風呂の時間帯も、いつもと大幅に変えないといけないし、少しでも視線が合えば、どっかに行けと言ってくる始末。

 最終的に就寝したのは真夜中だった。

 自分の家のはずなのに、散々な目にあってばかりである。


 父親の方は夜中に帰ってきたこともあり、亜香里がどんな性格をしているのか知らないのだ。


 そんな父親に、事の経緯を伝えたとしても理解はしてくれないだろう。


 それにしても昨日からの疲れが取れず、ちょっとばかし、体が痛かった。




「おッ、そこにいるのは、碧音?」

「ん?」


 明るく前向きな感じの声質。

 一瞬誰かわからなかったが、背後へ視線を向けたことで、その人の正体が分かった。


 彼女はクラスメイトの真城香奈ましろ/かな


 香奈は制服を着崩した感じに着こなしている。

 パッと見、派手な感じの印象であり、確実に陰キャとかではない。


 どこからどう見ても陽キャ女子といった風貌だ。

 普段から関わりのない存在であり、なぜ話しかけてきたのだろうかと思う。




「お、おはよう……」


 碧音は陰キャらしく、おどおどした感じに一応返答した。


「なんか、いつも暗いな。もう少し明るく振舞ったら?」

「……」


 いきなりの発言がそれか……。

 そういうところにはあまりツッコんでほしくはなかった。


「あのさ、今一人ならさ、一緒に学校に行かない?」

「え? な、なんで?」

「だって、クラスメイトじゃん」

「そうだけど……」


 そもそも、香奈とは全く親しい関係ですらない。カースト的に、上位と下位のような関係性。

 入り混じることのない間柄であり、なぜ、行動を共にするのだろうか?


 何かを狙ってるのか?

 碧音は逆に疑ってしまう。


「実はさ、碧音と話したいことがあってさ」

「話したい事? どんな……?」

「亜香里の件で」


 なんで、今その話を?

 まさか、一緒に住んでいることがバレている⁉

 い、いや……でも、昨日今日で、さすがには知れ渡ってはいないだろうと、何度も心に訴えかけていた。




「亜香里の、どういう要件でしょうか?」

「なに? その話し方。普通でいいよ」


 香奈から笑われてしまった。


 逆に気まずい。

 そもそも、陽キャと一緒に登校とか。香奈は何とも思わないのか?




「碧音は知ってる?」

「なにをでしょうか?」

「亜香里が、碧音のことを好きだってこと」

「……⁉」


 今、碧音の脳内では、クエスチョンマークが乱雑に溢れかえっていた。


「どういうこと? いや、まったく意味が分からないんだけど」

「私、普通に言ってるだけなんだけどなぁ。というかさ、碧音と亜香里って席が隣同士じゃん」

「まあ、そうだね……」

「普通に楽しそうに会話してるし。亜香里は絶対、碧音に興味があるね」

「……単なる憶測かよ」

「そうだけど。雰囲気的にわかるのよね」

「なんで?」

「だって、私は亜香里と中学の頃から同じだし」

「そうなんだ。初めて知ったよ」


 高校に入学してからまだ日が浅い。

 故に、碧音は各々の人間関係を把握していないことの方が多いのだ。




「碧音はどうなの?」

「どうって……俺はあまり関わりたくないっていうか」

「へえ、そうなんだ。私的には似合ってると思うんだけどなぁ」

「いや、絶対にありえないから。君の目の方がどうかしてるよ」

「ん? そういや、今日は早く学校に行く日だった。ごめん。やっぱり、一緒に登校できないや。あとさ、なんかあったら、もう一度、私の方から碧音に話しかけるかもしれないから。じゃ、そういうことで」

「え、ちょっと――」


 碧音が言いかけたところで、香奈は先に学校へ走って行ってしまったのだ。

 本当に忙しい人だと思った。


 でも、一つだけ言えるのは、亜香里が自分に対して、好意を抱いてるわけがないということだ。


 碧音はいつも通りに一人で通学路を歩き始めるのだった。

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