第十六話 母の愛
守は駆け出した。『フンフ』に近づき、先程のように、血に濡れた『双骨』を今度は頭部へ目掛け、振り下ろす。
今まで避ける動作を行ってこなかった『フンフ』だったが、この攻撃には慌ててそれを避けた。
潰れたままの右腕を引きずりながら。
「ナンデダ!? ナンデナオラナイ!!」
動揺している『フンフ』を見て、守はほくそ笑む。
治らなくなった秘密は守の血にあった。守にはナナコのように血を自在に操る能力はない。だが、自分の身体のように硬くする事は出来た。
それを『双骨』から微量に分泌し続けている守の血液を『フンフ』につける事で、触れた個所から順々に硬め、再生出来なくしていたのだ。
これはコックとの戦闘から、『再生するゾンビ』に対する守の『対ゾンビ用』の武器だった。そしてそれが上手くいったかは今の『フンフ』の姿を見ればわかった。
「何で治らないかだと? そりゃお前の日頃の行いが悪いからだろ」
せせら笑いながら、『双骨』を『フンフ』へ向ける。向けられる度に『フンフ』は本能的に怯え、距離を取ろうとする。
「おいおい、さっきまでの威勢はどうした? 俺はまだ許してないぞ」
瑠璃を傷つけた『フンフ』に怒りの闘志を燃やす守。チラっと瑠璃を見るが、黒く染まった翼に変化はなく、虚ろな表情で地面を眺めていた。
「るぅ……」
『今すぐにでもるぅのそばにいたい』
そう願うも目の前の『フンフ』をどうにかしなければそれも叶わなかった。
「すぐに終わらせてやる」
両手に構えた『双骨』を左右から同時にハサミで断ち切るように切り払う。それを咄嗟に避けようとした『フンフ』だったが、動かなくなった右腕が邪魔になった事で、動作が一つ遅れ、横っ腹に僅かにかすった。すると、守の血が付着した部分がすぐに硬くなり、『フンフ』の動きを阻害していく。それを繰り返していく事で『フンフ』の動きは段々と鈍っていった。
「ヤベロ! ヂガヨルナ!!」
動きの鈍っていく『フンフ』をどんどんと追い詰めていく守。何よりこの能力の恐ろしいところは、固まった部分を砕いても意味がない事だ。付着してからも守の血はその場にとどまるのではなく、薄く広く拡がっていく。そして徐々に皮膚から侵蝕し、相手の身体を蝕んでいくのだ。
「アガ、ガ、ガ、ガウ」
喋る事も出来なくなった『フンフ』を睨みつける守。『フンフ』の命は風前の灯だった。
「ゴ、ンナゴドガ、ユル、ザレル、ドデモ、オボッ――――」
「うるさい」
守は、最期まで喋らせる事なく、頭部を破壊した。これ以上瑠璃の前で父親のカタチをしたモノに何も喋らせたくなかったからだ。
そのまま倒れると思った守だったが、かすかに『フンフ』の中から別の気配が残っている事に気付いた。
それは瑠璃の母親だ。守は意図的に胸元の母親の顔には手を出さず、綺麗なままにしていた。理由として瑠璃が嫌がる事をしたくなかっただけだったが、結果的にはそれが功を奏したようだった。
「……瑠、璃? 瑠璃はどこ?」
身動きを自由にした母親だったが、既にダメージはでかい。あくまで父親の身体に植え付けられた存在で、父親だったモノが死んだ事で意識が一時的に移っているだけの為、再生も出来ないようだ。
その声に反応して瑠璃は立ち上がり、母親の元へと走り出した。
「ママ!! 私はここよ! ここにいるわ!! ごめんなさい、私のせいで。パパとママまでこんな事に……!」
必死に母親に縋りつくように泣き出した瑠璃を優しく撫でる母親。助けられるなら助けてやりたい、そう守も思ったが、守の力ではとてもじゃないが無理だった。
それは瑠璃の『再生』する力も同様だった。確かに瑠璃なら母親をゾンビではない状態には戻せる。だが、それでは死んでしまうのだ。既に人であった頃の原型はなく、このまま腐っていくしかなかった。
泣き叫ぶ瑠璃を見て、優しく微笑む瑠璃の母親。
「いいの。これは瑠璃が悪い訳じゃないわ」
優しく宥めていた母親だったが、段々と力が弱まっていく。
「……もっと色々話したかったけど、私の残り時間はもう少ないわ。だからしっかり聞きなさい。私は眠りながらもずっと今までの事を聞いてきたわ。だからあなた達が知りたい『あの方』も誰だかわかる。そうあの方は――――」
グシャンッ!!
どうやら母親は誰かの名前を言おうとしたようだったが、それを『フンフ』の自爆という形で止められ、その存在は跡形もなく消し去ってしまった。
全てが静まり返った。
「るぅ……」
瑠璃を気遣うようにゆっくりと近づいていく守。だが、瑠璃からは徐々に守の知らない匂いが強くなっていくのがわかった。
「なぁ、る――――」
「もういや、こんな世界。こんな事になるなら……オワッチャエ」
瑠璃はこの世界に絶望した。
瑠璃はずっと母親の為に頑張ってきた。だが、世界はそれを拒絶した。それならば、瑠璃も拒絶すればいい。まるで全てを拒絶するかのように、漆黒に染まった翼を大きく拡げ瑠璃が羽ばたく。守は今度こそ離さないようにする為、手を伸ばす。だが、それでも間に合いそうになかった。そしてそのまま飛び立ちうとしたその時、
「見つけた♪」
凄まじい速度で飛んで来た紅色の鉈は、瑠璃の胸元にそのまま突き刺さる。瑠璃は無反応のまま刺さった鉈を触り、何事もなかったかのように前を向く。その間にも傷口から血は溢れだしている。
守はその状況に頭が追いつかず、瑠璃と同じ方向を見る。するとそこにはナナコと未羽の姿があったのだった。
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