第十話 『紅鉈』

 紆余曲折あり、守を探している間に壁へ辿り着いたナナコと未羽。その紆余曲折の大半の原因がナナコだったのは言うまでもないだろう。そんな中で未羽は大きく心を成長させ、胃の強化をしてきた。


 ゾンビなのに今もキリキリと痛む気がする胃を優しくさする未羽は、恐る恐るナナコの表情を伺う。これ以上の負担を増やしたくないのだ。


「ナナねぇ? えっと、この後どうしよ?」


 未羽の話しかけられ、優しく微笑むナナコは未羽を一瞥すると、正面の壁へと向き直す。。未羽はそのナナコの微笑みに、これまでの経験からしてとても嫌な予感がした。


「こんなもの壊しましょう」


「え?」


 未羽の返事を待たずにスタスタと優雅に歩き出すナナコ。それを慌てて追いかけるとそれに合わせ、監視してきている人間からの視線が強くなるのを二人は感じ取った。


「邪魔しないで。『血操』」


 もはや呼吸をするかのように血が霧状となって拡散していく。すると監視哨にいたであろう人間達の呻き声がかすかに未羽に聴こえてきた。


 ここまでの道中の経験から生きている匂いが消えていくのにも慣れてきた未羽だったが、ナナコのこの思い切りのよさにはいまだに恐ろしさを感じている。だが、同時にこんな事態にしたであろうここの連中に同情する気は起きなかった。


 人の気配がなくなった事でナナコは何事もなく、壁へとたどり着く事が出来た。


「ナナねぇ、ちなみにどうやってこの壁を壊すの?」


 見たところ、鉄で出来ているこの壁はそれなり厚さがありそうだ。とてもじゃないが普通に殴った程度じゃ壊す事は出来ないだろう。


「ふふ、試してみたかったのよね」


「試す??」


「これよ。ずっと練習してたの。『紅鉈クレナイノナタ』」


 ナナコが右手を前に出すとナナコの血がどんどん集まってくる。それはどんどん形が出来上がっていき、瞬く間に刀身から全て真っ赤になっている鉈がナナコの手に収まっていた。


「ナナねぇの血で出来た鉈なの?」


 透き通るように薄く伸ばされたその鉈はまだ練度が足りないのか、時折、血が滴り落ちてくる。それはまるで人を斬った後の血濡れの刀のようにも見え、それが一層不気味さを際立たせていた。


「私と守の愛の結晶よ。見てなさい?」


 一閃。それは未羽の目でなければ追いきれない程の斬撃だった。鉄の壁はまるで豆腐のように容易く刻まれ、ボロボロと崩れ落ちていった。


「わ~お」


 思わず感嘆の声が上がる程鮮やかな威力にちょっと照れているナナコ。初披露だった為、本当にうまくいくか実は不安だったのだ。


 愛の為せる技だと、改めて守に惚れ直すナナコは、『紅鉈』を元の血へと戻し、ナナコの体内へと戻っていく。まだそれを維持するには負担が大きいのだ。


「さぁ行くわよ、未羽ちゃん」


「うんっ! けどここからどうするの?」


 崩れ落ちた瓦礫の上を歩いて外へ出る二人。当然その先には、これまでならあった失われた日常があった。だが、二人の表情に動揺はない。想定の範囲内だったからだ。


「うーん。守を見つけるのも大事だけど、今の現状がどうなってるかも確認したいわね」


「そしたらとりあえずどこかコンビニでも行って新聞でも探してみる?」


 スマホが既に手元にない二人にとって、情報源となるであろう物としてすぐに思い浮かんだのはテレビか新聞であった。別にテレビでもよかったが、別に断る程でもないと判断したナナコは、すぐに未羽の頭を撫で、歩き出す。


「さすが未羽ちゃん。そうしましょ♪」


 なんだかんだ仲はいい二人。頭を撫でられて嬉しかった未羽は、ポニーテールをフリフリと振りながらナナコの隣を一緒に歩く。


 後ろからはゾンビ達が嬉しそうに呻き声を上げながら瓦礫を乗り越え始めているが、二人がそれを気にする様子はない。何もかも失っている二人に守しか残っていない。他がどうなろうと知った事ではなかった。


 暫くしてこの惨状に気付いた自衛隊が駆除に乗り出すが時すでに遅し。ゾンビ達が多数脱出した後だった。


 少しずつ、終末世界は拡がり、浸食されていくのであった。


――――――――――――――――――――――――――――


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