第八話 出発と瑠璃の知らなかった守の変化

「昨日はお世話になりました」


 玄関の前に守と瑠璃は立っていた。そして対面するようにおじいさんとおばあさんが穏やかな表情で二人を見守っている。


「そんな事はねぇだよ。おれたちも久しぶりに人がこうやって来て嬉しかっただよ! 二人で駆け落ちもいいけんど、おとうとおかあを大事にしらっせぇよ」


「「駆け落ち!?」」


 おじいさんの予想も出来ない言葉に思わず大声で叫んでしまった二人。それをおじいさんとおばあさんはくっついてキャッキャウフフしている。この絵面に需要はあるのだろうか?


「おれたちの若い頃もそりゃもう燃え上がったなぁ、ばあさま」


 おばあさんの頭を撫でながら聞いてみると、


「そうじゃのぉ、じいさまや。あたしらも若かった頃はそりゃもう大恋愛じゃった」


 守と瑠璃に触発されたのか、イチャつき始めた二人にどうしようか迷う守と瑠璃。目が合うとお互いに苦笑いするしかなかった。


「ほれ、じいさま。二人が困っとる。もう出るんじゃから」


「おうおう。お達者でな」


「え、あ、はいっ。またいつかお会い出来たら!」


「あ、ありがとうございました!!」


 唐突に別れを告げてくるおじいさんとおばあさんに慌てて返事をする二人。するとおじいさんとおばあさんはそそくさと仲良く家へと戻ってしまった。


「ま、まぁ仲良しならいい……のかな?」


「そ、そうだね。じゃあ私達もいこっか」


「あぁ」


 起床後、二人に現在地を確認した守と瑠璃はとりあえず丘を降りる事にした。そしてそのまま市街地から研究所に向かうようだ。幸いにもそれほど遠くないようなので、歩きでも行けるみたいだ。守はいくらでも歩けるが、瑠璃は人間な為、そんなに歩けるのかと守も心配したが、瑠璃がどうしても歩きたいとの事だった。何かしら考えたい事があるのだろう、と守は渋々納得する事にしたが、何かあったら守はいつでもおんぶして連れて行くつもりである。


 実際には、拒否されるだろうが。


 二人は丘を降り始めると、最初は獣道だった道も徐々に舗装されている場所に繋がる。すると、ポツポツと車も走っている姿が見えてきて、民家やお店も並ぶようになってきた。まだまだ市街地までは距離があるが、こうやって目の前で普通に人の日常を過ごしている姿を見ると、あの惨劇が本当に一部でしかない事に気付かされる。心情としては日本全体じゃない事を喜ぶべきだが、あの壁の中ではまだ苦しんでいる人々がたくさにいる事を考えると、素直に喜べない。特に瑠璃は本人の知らないところとはいえ、その当事者だ。


「るぅ」


 瑠璃が下を俯いていると、不意に守に呼ばれたので守の方へ振り向く。そこには変顔をしていた守は目の前にいた。


「ぶふっ」


 不意打ちに笑ってしまう瑠璃。それを見て守は大声で笑った。


「はっはっはっ! るぅ引っかかってやんの!!」


 笑われた瑠璃は恥ずかしくなり、顔を赤くして怒る。


「もうっ! まぁくんのばか!」


 頬を膨らませ、守を置いて歩き出してしまう瑠璃に守は慌てて隣まで走っていった。


「ははは、ごめんごめん」


 隣まで辿り着いた守はそのまま瑠璃の顔を覗き込む。すると瑠璃もお返しと言わんばかりに変顔を始めた。


「ぶはっ」


「やーい、お返し!」


 飛び跳ねて守の頭を手でポンっと軽く叩くと今度は走っていってしまう瑠璃。


「こんにゃろう」


 そんな感じで守が上手く瑠璃を慰めつつ、歩き続けている内に目の前にチンピラ風な若者が向こうから歩いてきた。


(嫌な予感)


 守の嫌な予感は的中した。瑠璃は誰が見ても美人な部類だ。それがこんな田舎にいるのだから声を掛けられるのもまた当たり前だった。


「ひゅー! お姉さん可愛いねっ♪ 俺っちとこのまま遊ばない?」


「あ、いえ。結構です」


「そんな事言わずにさ。ちょっと遊ぶだけだよ~」


「だから結構ですって――――」


「あんだと!? 俺はここの街の市議会議員の息子だぞ!?」


 思ったようにいかなくてイライラした若者が瑠璃の手を掴もうとする。だが、男が瑠璃の手を掴む事は出来なかった。


 なぜなら二の腕が守によって潰されていたからだ。


「ぎゃああああああああっ!! 俺の腕が! 俺の腕が!!」


 叫ぶ男を冷めた眼で見つめる守。それを驚いた表情で見つめる瑠璃。


「死ね、サルが」


 右腕が紫色に変化し、瞳が真紅に染まっていく。瑠璃を目の前に守が止まる事は出来ない。守は完全にキレていた。汚い男に守るべき瑠璃をその汚い手で触られそうになったからだ。


「あ、悪魔っ! た、助けてくれっ!!」


 腰を抜かして尻もちをついたまま後ろにずるずると下がっていく男。それを守はゆっくりと歩み寄る。その間に他の男達は慌てて逃げ、残るは守と瑠璃、そしてこの男だけだった。


「ちょ、ちょっと待ったあああ!!」


 慌てて瑠璃が守の腕にしがみつくと、守がふと我に返った。すると、紫色に変化していた右腕と瞳が元に戻る。


「まぁくん、やりすぎだって! キミもさっさと行く!!」


「ひゃ、ひゃい」


 腕をプランプランさせながら走って逃げる男。瑠璃に掴まれていた守は追いかけるのを諦めた。


「何で邪魔するの?」


「邪魔ってまぁくん、あれはやりすぎだよ!」


「俺はるぅを守る為にいるんだ。あれくらい当然だろ」


 あきらかに価値観がかみ合わない二人に瑠璃は動揺を隠せない。


「まぁくん、本気で言ってるの?」


 瑠璃の動揺している瞳に守は首を傾げる。


「どうしたんだ? 本気に決まってるだろ。まぁいいや。とりあえず歩こ」


 瑠璃が止めた理由が本気でわかっていない守。瑠璃は改めて守が変わってしまった事を認識させられる。


(まぁくんヤバいよ。これもやっぱり私が……)


 泣きそうになる瑠璃を見て、慌てて駆け寄る守。


「るぅ、どうしたの? やっぱさっきの男ヤる?」


「ち、違うのっ! まぁくん、私を守ってくれようとするのは嬉しいよ。けど、むやみに殺そうとするのはダメ!」


「俺はるぅを守りたいんだ。その為なら誰がどうなろうと構わない」


「その気持ちは嬉しいの! だけど殺すのもケガさせるのもダメ!」


 気が付いたら涙を流しながら守にお願いする瑠璃。自分が原因でいつの間にか変わってしまった幼馴染に涙を止められなかった。


「わ、わかった。なるべく頑張る」


 なんとなく瑠璃を泣かせたのが自分だとわかった守は瑠璃の言葉に頷いた。


「や、約束だよ?」


 なんとか涙を拭い、守の目を見つめて約束させる。守はしっかり目を見て、


「わかった。約束しよう」


 暫く見つめ合ってから漸く瑠璃が離れると二人は再び歩きはじめる。


「さぁ、いこ」


 市街地が見えてきた二人だったが無言のまま、真っすぐ市街地へと向かっていくのだった。


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