第七話 これから
立ち止まったまま動けない二人。遠くからは梟の鳴き声が聴こえてくる。
「るぅ……」
「な、何かな? まぁくん」
明らかに挙動不審な瑠璃に溜め息を吐く守。
「俺、外で朝までいるから。ゆっくり寝なよ。どうせ寝ないしね」
「え?」
驚いた表情をしている瑠璃を見て、守は今の自分が寝る必要がない事を伝えていない事に気が付いた。
「あ、そういえば言ってなかったか? 俺、この身体になってから寝る必要がなくなったんだ。だから布団に入っていても意味ないから外で周囲の警戒でもしてようかなと思って」
やれやれといった様子を瑠璃にみせ、守は平静を装って言う。だが、瑠璃にはその程度の隠し事はお見通しだった。
「寝れなくても寝転べば休めるんでしょ?」
瑠璃の言葉に守は目を合わせる事が出来ない。
「まぁくん、こっちを見なさい」
ビクっとなってこれから怒られる子供のようにゆっくり、ゆっくりと瑠璃の方を守は見ると、そこには頬をぷっくりとさせた瑠璃の姿があった。
「た、確かに恥ずかしいけど、まぁくんもゆっくり休まなきゃダメ。……ずっと、みんなを守ってくれてたんでしょ?」
恥ずかしそうにしながらも瑠璃が守を心配しているのは一目でわかった。守は数秒考えたのち、一つ溜め息を吐くと布団の中に入る。
「明日には移動するもんな。お言葉に甘えるよ」
「ありがとっ。うん! 明日からも頑張ろう!!」
瑠璃も隣に来て寝転ぶ。布団はピタリとくっついているので距離は思っている以上に近い。
(てかよく考えたら別に布団を近づけたままにする必要もなかったんだよな。最初に離しておけばよかったんだ)
瑠璃が既に寝ている可能性と、今更立ち上がって離すのもおかしいなと思い、仕方なくそのまま寝る事にする守。といっても寝る必要がないのは間違いではないので、朝までこのまま目を閉じているだけのつもりだ。
「ねぇ、まぁくん起きてる?」
おそるおそるといった様子で守に声をかける瑠璃。
「起きてるよ。どうした?」
話しかけてくるとは思ってなかった守だったが、とりあえず視線を瑠璃の方へと向けた。
「えっと、あっと、まぁくんはこれからどうするつもりなの?」
瑠璃から聞いてきたにしては歯切れの悪い質問だった。瑠璃の態度に疑問を覚えながらも、守は瑠璃の目を見たまま答える。
「まずはここがどこか明日にでもあのおじいさんとおばあさんに聞いてみようかと思う。急な事だったから何も聞けなかったし。そのあとは……どうしようか。るぅこそどうしたい?」
守に逆に聞かれて目が泳ぐ瑠璃。何かを迷っているようだった。
「どうかしたのか?」
心配そうに見つめてくる守に瑠璃は心が温まるようだった。
(私にはまぁくんがいる……!)
「まぁくん、私と一緒に研究所に行かない?」
「研究所って……」
瑠璃が言う研究所に心当たりは一つしかなかった。
「あいつらのアジトみたいなとこか?」
「……そう。おそらくそこにパパとママもいると思うの。ママは私が入っていた治療用のベッドで眠ってるだろうけど」
どうやら瑠璃が入っていたあのケースは治療用だったらしい。だが、瑠璃は致命傷だろうと治ると言っていた事を守は覚えていた。本当ならここで守は瑠璃に元々重病で治療中の母親ならまだしも、なぜ健康体な筈の瑠璃までも治療用のベッドに入る必要があるのか聞きたかった。だが、口に出そうになったが抑えた。先程の瑠璃が取り乱した姿を思い出したからだ。何がきっかけでまた暴走するかわからない為、迂闊な事を切り出せずにいた。
(おそらく未羽にやったみたいな事をるぅにもやったんだろうな)
記憶に新しい未羽のゾンビ化。記憶を失わせ、何も知らないまま潜入したのちに、ゾンビ化させる恐ろしい手法。人を人と思わぬ非道な行いを瑠璃にも行ったであろう事実に守の怒りのボルテージはどんどんと上がっていく。しかもその治療用のベッドを使ったという事は治療が必要な程、瑠璃は負傷した可能性が高いという事だ。
瑠璃が傷を負っていた事実と、自分のふがいなさに怒りのボルテージは限界へと近づいていたが、必死に抑える。今怒ったとしても意味がないのがわかっていたからだ。
(絶対あいつら殺す)
布団の中で拳を握り、決意を固める。
守が一息つくと瑠璃はビクっと肩が動いた。どう反応が返ってくるのかが怖いのだ。
「そこにるぅのお父さんとお母さんがいるんだな」
「……うん。いると思う」
不安げな表情を見せる瑠璃に守は手を差し出し、瑠璃の手を握る。
「そこで何が起こるかはまだ俺にもわからない。だけど、るぅの事は絶対俺が守るよ」
必死になって握ってくれていた守の手は温かった。ゾンビなのに温かいというのもおかしいのかもしれないが、瑠璃にはそう思えた。
「ありがとう……まぁくん」
安心したのか瑠璃はそのまま目を閉じてしまう。次第に規則正しい呼吸が聴こえてきた。
(ずっと色々な事を考えて、そして悩んでいたんだろうな。お疲れ、るぅ)
瑠璃の頭を軽く撫でると、瑠璃の表情は穏やかに微笑んでいた。それを見て安心した守は再び上を向いて目を閉じるのであった。
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