第六話 お風呂
「出たよ」
ぼーっと既に暗くなっているテレビを観ていた守だったが、後ろから聴こえてくる聴き慣れた声に身体ごと振り向いた。そこにいたのはまだ髪が若干濡れたままの天使だった。
(綺麗だ……)
着る者が着ると古めかしいパジャマが高級品のシルクに見える。そんな錯覚を覚えてしまう。それは見慣れている筈の守であっても変わらず、思わず見惚れてしまう美貌がそこにあった。まだ乾ききってない髪に無防備なその姿が余計に瑠璃の色っぽさを際立たせている。
「どうしたの?」
首を傾げて守を見ている瑠璃にハッとなって立ち上がった守。人間であったなら顔は真っ赤だっただろうが、幸いにも守はゾンビだ。照れているのが顔色で瑠璃にバレる事はなかった。
「いや、ちょっと考え事をな」
気まずくなって直視出来ない守はそそくさと風呂場に向かった。いや、向かう予定だった。
(風呂場どこだろ?)
瑠璃は案内してもらっていた為、何も問題はなかったが、守が待っている間は一人だった為、案内する人間がいなかった。
(今更戻ってるぅにお願いするのも恥ずかしいな。まぁそんなに広い家じゃないし、風呂の場所なんて大体同じようなとこにあるだろ)
キョロキョロと歩いていると無事、風呂場に辿り着いた。脱衣所にはご丁寧に着替えまで準備されていて、真新しい下着とあのおじいさんの物と思われるパジャマが一緒に並べられていた。
「何から何まで……」
これまでゾンビになってからこんなに親切にされた事はなかった。瑠璃の家を襲った男達に始まり、ショッピングモールのコック、そして眼鏡男達。どれもが碌な奴らじゃなかった為、これだけ親切にしてもらい、守は心が温かくなった。
汚れていた服を洗濯機に入れ、タオル一枚を持ちながら風呂場に入る。そこにあったのは昔ながらの壁にタイルが貼られたお風呂だった。
(さっさと身体を洗って入ろう)
久しぶりのお風呂にちょっとウキウキしている守は急ぎ気味で身体中を洗う。風呂桶で身体の泡を洗い、いざ風呂に入ろうとして風呂の蓋を開けた時、ふと気になる匂いが漂ってきた。
「あっ」
守は気付いてしまった。
(これ、るぅがさっきまで入っていたお風呂……)
そう、これは瑠璃の匂いだった。そう思うと先程の瑠璃の姿を思い出してしまい、急に恥ずかしくなる。
(お、俺はゾンビだし、身体が綺麗になれば十分だな、うん。……はぁ、出よう)
とぼとぼと脱衣所に戻り、守は溜め息を吐きながらそそくさと着替える。
(もっとゆっくり出来る筈だったのに……)
戻るとそこでは瑠璃、おじいさん、おばあさんの三人で仲良く話している姿があった。守が部屋に入ると三人が守の方を見てくる。
髪を乾かしたのか、サラサラヘアーになっている瑠璃が小走りで守に近寄っていく。その様子を孫でも見ているかのように見守る二人。
「おかえりなさい」
「あぁ、ただいま」
にっこりと微笑む瑠璃に優しく返す守。独特の甘い雰囲気が二人を包み込んでいた。
「あらあらまあまあ」
「若いってえぇのぉ」
「「えっ?」」
ニコニコしながら守と瑠璃を見ている二人に、思わずお互いがささっと一歩ずつ離れてしまう。
「恥ずかしがる事はねぇ。若いだからいっぺえ恋をするだよ」
「まぁまぁ、ばあさま。ほれ、布団さ敷いたから二人とも今日は寝らっせぇよ」
笑いながら二人を案内するおじいさんに嫌な予感がしつつ、仕方なくついて行く。そして寝室まで着いたところでその予感が的中していた事がわかった。
そこにあったのはぴったりくっついた布団が二組あったのだ。
「ここは……?」
思わずおじいさんに聞いてしまう守。答えなんてわかっている筈なのに。
「これがなぁにに見えるだ?」
とぼけた顔して守を見てくるおじいさん。だが、守は気付いてきた。おじいさんの目が笑っている事に。
「お布団です」
「んだんだ」
正解を当てて満足そうに頷いているおじいさん。
「んじゃあとは若いもんどうしってこんでな。また明日な」
「え、ちょっと、あのっ!」
守の呼びかけを無視して、いい笑顔で親指を立てて去っていったおじいさん。話を聞いてくれる気はないようだった。
残された二人。まだまだ夜は長くなりそうだ。
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