第二十話 純白の天使
三階に辿り着いた守は、周囲を見回す。そして感じた違和感。
(誰もいない……)
最初の時、二階と同様、三階でも住民達が生活をしていた。それは三階に潜入した時にも確認出来たし、匂いも含め、現地の人間とも接触していた為、間違いない筈だった。だが、現状の三階にはゾンビどころか、幼馴染を除くと人が誰もおらず、まるで最初から誰もいなかったかのように錯覚させられる程、整理整頓されていた。
(俺はあの時夢でも見てたのか? いやいや、俺眠らないし、実際にあの時に遥さんと話をしたじゃないか)
一度遥さんに確認を取りに戻るか迷ったが、防火扉が爆発で破られ、いつゾンビが入ってくるかわからない状況な為、三階だって決して余裕がある訳ではない。
(三階の住民はともかく、るぅの両親やその使用人達がどこに行ったか気になるとこだが……。くそ、とにかくるぅのところへ急ごう)
幼馴染の様子を確認する事を第一と考えた守は、幼馴染の匂いがする方へと走りだす。
暫く走っていると、中央付近に人が入る事が出来るくらいのカプセルがあり、そこから幼馴染の匂いが漏れ出している事に気が付いた。
(なんだあれは? あの中にるぅが?)
全力で走って、辿り着くとそこにあったのはカプセル状のケースで守の予想通り、中には幼馴染が眠らされていた。ケースには何本もの配線が繋げられ、ケースに手を当てると、わずかながらに振動が手に伝わる。まだ稼働しているようだった。
(人を容易く実験台に使うような奴らだ。るぅに一体何をしたんだ?)
開けて大丈夫なのかもわからない守は、右往左往しながら慎重にケースの周りをぐるりと見て回る。同時に周囲の気配も探っているが、やはり三階には誰もいないようだ。ただ、二階から何体かゾンビが上がってきているので、ここの安全もいつまで保てるか何とも言えないところだ。
「るぅ……。一体どうなってるんだ。やっぱり離れるべきじゃなかったのか?」
後悔が守を包み込む。だが、当時の状況を考えた時、守に一緒に進む選択肢はなかった。今のように普通に話せるようになっていれば、化粧だけしっかりして一緒にいられたかもしれない。普段は幼馴染の後ろで目立たないようにしていれば何とかなった可能性もあった。
だが、当時は喋る事も碌にできず、歩く事すらまともに出来ない。今回のように他のところで生活するのに守がいたら受け入れてくれない可能性はグッと上がるだろう。
それでも守は後悔してしまうのだ。もっといい選択肢はなかったのかと。
暫くケースに触れてぼーっとしていると先程気付いていたゾンビがこちらに向かってきている事に気付いた。
(先に処理するか)
名残惜しそうにケースから離れてゾンビの方へと振り向く。当然ゾンビは守を捕食対象としていない為、襲い掛かってくる事はない。だが、それは守だけで、ここにいる幼馴染は人間だ。その為、襲われる可能性は高いだろう。
力を入れ、一歩踏み出そうとしたその時、ケースから機械音が鳴り響いた。守がそれに反応して振り向くと、中に幼馴染のいるケースが開いていくところだった。
音に反応したのは守だけではなかった。ゾンビ達も音に反応して守達に向かって走り出した。
(ちっ! こっちはそれどころじゃないのに、邪魔だ!)
守がゾンビを処理しようとしたその時、背後から一枚の純白の羽が舞い散った。そしてその羽の持ち主は、音も立てずにゾンビの目の前までやってきていた。そのままゾンビに触れる。すると、ゾンビが急に動かなくなり、そのまま倒れてしまった。
(ゾンビの死の匂いがなくなった!? どういう事だ?)
死体とはいえ、ゾンビであったモノが人に戻った事実に守は驚きを隠せない。しかもそれをしたのが幼馴染だったのだから。
「るぅ……」
今の幼馴染は、白い衣を着用し、背中からは純白の翼が生えている。その姿はまさに純白の天使だ。逆に、白に包まれた中でも美しく伸びた黒髪は今でも輝き続け、今目の前にいるのが幼馴染という事を強く印象付けていた。目を閉じていた幼馴染だったが、不意に目を開け、クリッとした瞳がゆっくりと守を見つめ、優しく微笑む。
いつもと変わらない微笑みに守はフラフラっと幼馴染に近づいていった。すると、幼馴染もゆっくりと羽ばたきながら守へと近づいて行った。
そして二人が触れ合った瞬間、幼馴染が守に抱き着き、生えている翼で守を包み込んだ。
「るぅ……?」
暫くそのままにしているが、守には今の状況がよくわかっていない。
「まぁくん、ごめん……」
包み込んでいた翼を広げると、幼馴染は、守を抱いたまま天井の窓を突き破り、空へと飛んでいくのだった。
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