第十六話 崩壊
「お母さんの仇っ!!」
近くにいる男達の脳天を潰すように全力で木刀を振り下ろす未羽。その尋常ではない力にガードしようとしていた腕をへし折り、頭蓋骨を陥没させた。
その姿に興奮しているのはけんじぃだけで他の男達は一歩引いていく。
「なんじゃ、その力は! 『フィーア』にはそこまでの強化はしとらんぞっ!!」
無理矢理男達に引っ張られながら下がっていくけんじぃだったが、そもそも未羽が男達を逃がす筈がなかった。銃で応戦されているが、今の未羽のスピードを目で追える者は殆どいなかった。辛うじて追えている者も今の未羽に当てるのは至難の業だ。
単純な『身体強化』はシンプルなだけに強い。原因は勿論、ナナコの血だ。邪魔された事で完全に排除出来なかったけんじぃから投与されたゾンビウィルス。それを結果的にナナコと守のゾンビウィルスが吸収し、二人とはまた違った特性を得た。
「これはまもにぃとナナねぇの二人のおかげ。あんたみたいなくそじじいの力じゃないんだから! よくもお母さんを……。ボク達はただ、普通に生きていければよかっただけだったのにっ」
「ふぉっふぉっ! これだから研究はやめられんのじゃ。心が躍るわい。どうじゃ? またわしらのところで人類の発展に貢献せんかの? の?」
「話を聞けくそじじいいいいいい!!」
瞳が真紅に染まり、全速力でけんじぃに突進する未羽。周囲にいる男達をなぎ倒しながらけんじぃに血に染まった木刀を振り下ろした。
「……実に素晴らしいのぉ。見よ、たかが木刀で儂の右手の骨にひびが入っておる。じゃが、これではまだ足りないのぉ」
けんじぃが掴んでいた木刀を振り回すと未羽も一緒に振り回され、ついに木刀を放してしまい、そのままの勢いで壁へと激突する。そのまま膝をつき、けんじぃの方を見ると、木刀を投げ捨てたけんじぃの腕のヒビの入ってたであろう腕の傷が既に治っていた。
「バケモノ……」
引く訳にはいかない未羽は、起き上がって再びけんじぃの元へと走る。木刀を投げ捨てたけんじぃは特に防御する訳でもなく、未羽の攻撃を受け続けた。
「無駄じゃ。その程度の威力でわしが倒せる筈なかろ? ほれ、足元がおるすじゃ」
足払いをされて、こけてしまうとそのまま足蹴りをくらってしまい、倒れているナナコの近くまで吹き飛ばされてしまった。
「くっ、せめてもっと強い武器があれば……」
周囲を見回す未羽。すると、目の前にあったのはナナコの鉈。
「これだっ! ナナねぇ借りるよっ」
鉈を掴むと再びけんじぃの元まで全力で走り出す未羽。あと一歩、鉈を振り下ろせば真っ二つに出来るであろう距離まで詰め、一気に鉈を振り下ろす。
「ぐぅっ」
肩から斜めに切り裂かれたけんじぃがここで初めて膝をつく。
あと一撃、これで終わると踏み出そうとしたその瞬間――――。
「未羽、危ない!!」
どこかから聴こえてきた守に声に反応して慌てて後ろに転がると、上から一体のタンクトップを着た男のゾンビが未羽のいた場所へと降ってきた。
「ちっ、邪魔が入ったわい。まぁよい。わしも油断してたしの。そのプロトタイプではかなわんじゃろうが、時間稼ぎ程度にはなるじゃろ」
プロトタイプと呼ばれたそのゾンビが未羽に襲い掛かってきたが、未羽は焦る事なく攻撃を避けつつ、カウンターで首を刈り取ると、目の前にいた筈のけんじぃがいなくなっている。それどころか、眼鏡男もいつの間にかいなくなっていた。
「けんじぃ、やりすぎですよ。あの方からのご命令です。ここまでやってしまってはもう使えません。よって破棄する事になりました。脱出しますよ」
「ふぉっふぉっ。すまんのぉ。研究に夢中になりすぎたわい。残念じゃが、もうおしまいじゃ。また会おうかの?」
いつの間にか眼鏡男と傷が完治しているけんじぃが二階に立っていた。
「それではみなさま、ごきげんよう」
眼鏡男がそう言うと、指を鳴らす。その瞬間、各所から爆発音が響きわたり、防火扉が吹き飛んでいく。そして、これまで一歩も動かなかったゾンビ達が一斉に二階へと動き出していった。
そうなると二階から聴こえてくるのは悲鳴、悲鳴、悲鳴。逃げ惑う人達で溢れていた。
未羽はここで一瞬迷ってしまう。忘れてしまっていた頃ならきっと無視出来たのだろうが、もう思い出してしまった。まだ被害にあうまで未羽も二階で一時期生活をしていた。その中で仲良くしてくれた人がいたり、母娘でお世話になった人もいたのだ。
だが、ここでけんじぃと眼鏡男を逃がしていいのか? 一瞬、判断が遅れてしまい、再び眼鏡男達の方を見たが、その時には既に誰もいなかった。
周囲に残っているのは、未羽に殺された男達とそれに巻き込まれたゾンビの死骸。そして倒れているナナコだけだった。とりあえず守を探して判断を仰ごうと声のした方を振り向いたその時、二階に向かって飛び跳ねる者がいた。
「あれ、まもにぃ……?」
なぜか上半身裸の守がこちらを振り返る事もなく、暫くするとそのままの三階へと跳んでいくのだった。
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