第十三話 『血操』

「未羽ちゃん、今助けるからね」


「………」


 ナナコの言葉に何も反応しない未羽。その姿に一瞬、ナナコは悲し気な表情になってしまうが、すぐに真剣な表情に戻す。それと同時に未羽がナナコに向かって走り出し、無造作に木刀を振り下ろすとナナコは先程のように鉈でそれを受け止めた。


 実際のところ、未羽の実力ではナナコを倒す事は出来ない。操られているせいか、遥のように思考が単純で、遥と違い、身体能力ですらナナコが勝っている為、未羽を倒すだけなら簡単だった。


 だが、それでは意味がない。今のところ、ナナコには未羽を助ける方法はわかっていない。そもそも戻せるのかもわからない。だが、このまま放っておく事も出来なかった。


 守と二人の時も楽しかった。そこへ、人間である未羽も一緒に暮らし始め、疑似的にだが、人間に戻れた気がしていた。それに天真爛漫な未羽が一緒だと、場も華やかになり、これまでとは違って楽しく過ごせたのだ。もう未羽も含めた三人で一緒にいるのが日常になりつつあったのだった。


(未羽ちゃんをなんとか助けたい)


 ナナコは鉈を握り直し、気合いを入れて未羽へと走り出す。それに遅れて反応した未羽はナナコの攻撃でそのまま転がるように吹き飛んでいった。壁にぶつかって止まった未羽は何事も無かったかのようにゆっくりと立ち上がり、ナナコの方をと走り出す。


 その様子をナナコはじっくりと観察する。


(それにしてもなぜ未羽ちゃんから最初、死の匂いがしなかったの?)


 あれだけ一緒に暮らしてきて、未羽からは一切死の匂いはしてこなかった。だからこそ、守は未羽を近くに置いたのだし、ナナコも未羽を守っていたのだ。それがけんじぃと呼ばれる老人がスマホを操作した瞬間に突如、未羽から死の匂いが漂ってきたのである。


 今まで、守もナナコも感染する以外に生きている匂いから死の匂いに変わった例を見た事がなかった。今の未羽からはあの時のコックのように生きている匂いと死の匂いが混ざっている。


(そういえば、未羽ちゃんから何で血の涙が流れていたのかしら?)


 今は既に止まってしまっているが、シャッターを飛ばしてきた時には、確かに血の涙が流れていた。その時には特に意味を感じていなかったが、考えてみるとちょっとおかしかった事に気付いた。


(いきなり血が流れるような理由がある筈よ。今まで未羽ちゃんの中にいなかった、または眠っていた存在が起きたから未羽ちゃんに変化が起きた……のかしら? それは血液が関係してて? うーん、未羽ちゃんは実験でこの状態になったのだからそれは十分にあり得るわね)


 これが普通に未羽が噛まれ、時間が経って自然にゾンビ化したものであったなら、未羽がどうしてゾンビに変わったのかがわからなかった。だが、今回は違う。人為的に未羽はゾンビにされたのだ。


 そして周囲のゾンビ、未羽は完全に操作されている。死の匂いのしない遥だけは守の言葉にわずかながら反応がある為、おそらく違う方法で操ってる可能性が高い。


 考え事をしている間にも未羽はナナコへ木刀を振り続ける。それは次第に洗練された動きとなっていき、ナナコは段々と捌いていくのが辛くなってきた。


(これはまずいわね……。経験して段々強くなってるのかしら?)


 振り下ろす速さは鋭くなり、鉈に当たる衝撃がどんどんと増していく。これまでだったら吹き飛ばす事も安易に出来た筈だったのに、今では押し返すのがやっとだ。


 段々と苦戦していく様子に苦悶の表情を浮かべるナナコ。その姿を見て遠くから溜め息が聴こえてくる。


「なんじゃ? 『ドライ』を倒したって言うから期待しておったのに、この女子おなごは期待はずれじゃのぉ。それに比べてあの少年は素晴らしい。完全に今の身体を使いこなしておる。どうせならあっちが良かったのぉ。ちょっと心配じゃったが、これなら『フィーア』へのは必要なさそうじゃな」


 その言葉にイラっとしてけんじぃの方を振り向くナナコだったが、すぐに未羽が迫ってくる為、慌てて正面へ向き直した。


(あんのくそじじいっ! 何が期待はずれよっ。余計なお世話だわ。……だけど、ナイスアシストだったわ。ね。やっぱり血液が関係してた。それならっ!)


 渾身の力で鉈をバット代わりにして未羽を吹き飛ばす。クリーンヒットした未羽はそのまま壁に激突し、壁に挟まってしまった為、動けなくなった。


「未羽ちゃん、痛い事してごめんね。けどこれで終わらせるから」


 神経を集中させる。守の『全身硬化』と違い、ナナコの特性には集中力が必要だ。その間にも未羽が壁から脱出してナナコへ向かって走り出していた。だが、ナナコにはその音は聞こえない。そして集中力が最大に達した時、ナナコは目をゆっくりと開いた。


「『血操』」


 守と同様、瞳が真紅に染まっている。そして人差し指の先を齧って血を流すと、その血はすぐに霧状になってどこかへ消えてしまった。


 そんな事は気にせずに未羽はナナコまであと数歩といったところまで突き進んだ――――。


 その時、未羽が急に動きを止めると、急激に苦しみだすのだった。


「初めて交わるのは守の予定だったんだけど、仕方ないわね。さぁ、私の力と未羽ちゃんの中のゾンビウィルスはどちらが強いのかしら?」


 魅惑的に微笑むナナコに苦しんでいる未羽。こちらの戦いも二回戦が静かに始まるのだった。


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