第十一話 悪化していく状況
まるで人の感情がないような遥の姿に守は遥に一歩も近づく事が出来なかった。そんな守とは対象的に、無造作に遥へと眼鏡男が近づいていく。
「言ったでしょう? あの方が『
そのまま眼鏡男が遥の肩に手を乗せても変わらず全く無反応で、抵抗する様子も見せない遥。
「遥さんに何をした……?」
「遥さん……? ほぉ、新人くんは『
「おい、答えろ!!」
守の怒りの表情に対しても、芝居じみた態度に変化はなく、むしろなぜ守が怒っているのかすらわかっていない様子だった。
「お借りするのに必要な処置をしただけですよ。調査するのにこちらまで危険な状態にしてどうします?」
さも当然といった様子で淡々と話している眼鏡男を全く理解出来なかった。そして守は気付いてしまった。ここに遥がいるという事は――――?
「おい、るぅはどうした!!」
るぅという言葉にピクリと一瞬反応したように見えた遥だったが、すぐに元の無表情に戻る。代わりに眼鏡男が前に出ると守に返事をした。
「るぅ……、はて、るぅさん、るぅさんっと。あれかね? 清華 瑠璃様の事かな? そうか、『
確かにまだ幼馴染の匂いは上に存在し、死の匂いは感じなかったので、眼鏡男を信じる訳ではないが、今のところ大丈夫なようだった。だが、それもいつまで大丈夫かはわからない。むしろ、本当に大丈夫なのかもわからないのだ。
ここで守は、とにかく先に眼鏡男を殺すべきだと判断する。
(一瞬で終わらせる!)
脚に力を入れ、紫色に変化すると、大きな音と共に一気に前へ踏み出す。その速度に誰も気付かないでこのまま眼鏡男の頭を粉砕して終わる――――筈だった。
指一本。目の前に立っているのは遥で、人差し指一本で守の拳を抑えていた。その姿は特に力んでいる訳でもなく、自然体。その奇妙な光景に何が起こっているのか誰も理解出来ていなかった。
「くっ、遥さん……!!」
唯一これを知っていた守は、慌てて離れた。自分の拳を見ると、指が触れていた部分からパンパンに腫れ、手の甲の骨が折れていた。逆に遥の指には傷一つついていない。
「……ブラボー! 流石は『
遅れて反応した眼鏡男が大きな拍手を贈り、冷や汗を拭う素振りを見せていた。
すぐに完治した拳を確認した守は、どう攻めるか考える。
(これだから遥さんは厄介なんだ。正攻法じゃとてもじゃないが勝てない)
考えている内に後ろからナナコの声が聴こえてきた。
「私も手伝うわ。二人でなんとかしましょう」
いつの間にかシャッターから出てきたナナコにどうするか悩む守。二対一なのは嬉しいが、遥を殺した訳ではない。どういった方法かわからないが、遥を操っているのをどうにかしたい。
(そうしたらナナコさんに眼鏡男を殺してもらうか?)
「ナナコさん、俺が遥さんをなんとかします。その間にあの眼鏡の男を殺してもらえますか?」
守の問いに一瞬考える素振りを見せたが、遥の実力を見て、ナナコは自分では対処しきれないと判断した。
「わかったわ。それじゃ――――」
「ちょっと待つんじゃ! 儂の質問に答えよ。そっちの娘も覚醒体なのじゃな?」
作戦を練っている間に出てきたのはけんじぃ。白衣を着て杖をついているその姿は、田舎にいるような昔ながらの町医者にしか見えない。だが、その瞳だけは狂気じみていた。
「そして、どっちが儂の『ドライ』を破壊したんじゃ?」
突然の問いかけにお互いに目を見合う二人だったが、けんじぃへの返事は守がした。
「『ドライ』ってのはあのコックの事だろ? あれは二人で倒した」
守の答えにけんじぃが満足そうに頷くと、おもむろに白衣にある内ポケットからスマホを取り出した。
「そうかそうか。それならちょうどいいかの? 『ドライ』よりは弱いのじゃがな、お主らに新しい実験体と戦ってほしいのじゃよ」
何かを操作しているけんじぃを守が止めようと動き出そうとしたその時、二人の後ろから濃密な死の匂いが漂ってきた。
それと同時にシャッターが吹き飛び、守の方へと一直線に飛んでいった。それを守が慌てて受け止め、投げ捨てる。そしてシャッターがあった場所にいたのは未羽だった。
血の涙を流しながらも無表情で前を歩いて出てくる未羽。そのままナナコの前まで歩いて漸く止まった。
「新しい実験体『フィーア』じゃ。潜入用に用意した個体じゃが、せっかくじゃし、戦闘記録も欲しいからのぉ。ほれ、相手をするのじゃ」
けんじぃの言葉と同時に、木刀を片手に持った未羽がナナコへと飛び掛かる。それをナナコが鉈で受け止めると、そのままの力で未羽を押し戻した。
「守、ごめんね。私が未羽ちゃんの相手をするわ。そっちの遥さんは……」
「あぁ、俺一人で何とかするしかないみたいだな」
そして守は遥の元へ、ナナコはまだ立ち上がりきっていない未羽へ攻撃を開始した。
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