第十話 覚醒体

 尋問を終えた守は二階から飛び降り、一階へと戻った。会議室や、男達から得た情報を二人に伝える為だ。


 結果からいくとあの男達からはほとんど情報を得る事は出来なかった。あの男達は現地で雇われた人達で、アケミを含め、半数以上がその場での臨時雇用という形で働いているらしい。こんな状況になって、何をしてるんだ? と守も一瞬思ったが、あのショッピングモールでの待遇がよくなるなら働きたいと思うのも当然だと思いなおした。


 食事を他の人より多くもらえるだけでもかなりの違いがある。また、アケミのように好きな部屋を一つ得るという選択肢もある為、今みたいな閉塞的空間ではそれだけでも助かる。


 そもそも、現地で人を雇うという状況が本来であれば異常であるが、人は欲で簡単に動き、自分にとって都合のいいように解釈する傾向にある。今回もそのケースにあたるのだが、詳しい説明は受けておらず、ただ数人が秘密裏に呼び出され、試験を受けて合格した者だけが職員として雇われたらしい。


 ちなみに男達にはアケミに守は殴って追い払ったと説明するように言って帰らせた。尋問を受けてかなり守に恐怖を抱いた為、裏切る事は無さそうだ。


(まぁ裏切ったらその時は一階に落とせばいいや)


 守の中で元々優先順位も低い事柄な為、対応もぞんざいだ。そもそもが今の守にとって生きててほしいのは幼馴染と、ナナコ、そして未羽位だからだ。次いで遥も死なないでほしいと思っているが、遥が死ぬ姿が想像出来ない為、その中に入っていない。


 そう考えている間にナナコと未羽が暮らす店舗へとたどり着いた。シャッターが閉まっている為、持ち上げようとしたその時、ナナコが守の存在に気付いて近づいてきた。


「あら、守どうしたの? 私に会いたくなった?」


 いつも通りなナナコにちょっと安心しつつ、気付いてくれた事で手間が省けた守は焦る気持ちを落ち着かせ、答えを返す。


「ちょうどよかった。実は――――」


 守はナナコに『あの方』という二階を統率している人の存在、一階で倒したコックが実は実験体で既に二階、三階の上の人間には殺された事がバレている事。そして倒した存在を見つけ出す為に一階に調査部隊がやってくる事、その中に遥も入っている事を伝えた。


 勿論、アケミの存在は言っていない。匂いをスンスンしていたのでほぼバレているが、今はそんな状況ではないので見逃してもらえた。


「実験体って……。そうなると今のこの状況は誰かによって引き起こされたって事よね?」


「そうか、ナナコさんの言う通りだ。そしてここにいる一部の人間がその引き起こした側って事になる」


(そうなんだ。このパンデミックは自然に起きた事じゃなく、誰かによって引き起こされていて、それがここにいる奴らはその関係者って事になるんだよ。くそ、考える時間が短すぎた。こんな当たり前の事に今頃気付くなんて……。るぅは無事か? 匂いから生きているのはわかるし、近くに遥さんがいれば大丈夫だと思うんだが)


 リスクを覚悟で三階の幼馴染の様子を一度見に行く事を検討していたその時――――。


「君はこちらの予想通りに動いてくれる子で良かったよ」


 突然後ろから聴こえた声に守は振り向くとそこにいたのは眼鏡男とけんじぃ、そして数人の白衣を着た男達だった。


(匂いも気配もわからなかったぞ……)


 内心焦っている事を表に出さず、平静を装う守。


 そんな守の事は気にせず、相変わらず芝居じみた様子でこちらに近づいてくる眼鏡男。


「君の存在に私達が気付かれていないと思ってたのかい? まぁ、まさか君がアケミくんに近づいたのは予想外だったがね。ハハ、君達はこの実験において初の覚醒体なんだ。行動には責任を持ってもらいたいものだよ」


「覚醒体……?」


「あぁ、君達は覚醒体なのだよ。詳しく説明してあげたいところなんだがそういう訳にもいかなくてね? 中間管理職ってのはいつの世も上からも下からも振り回されっぱなしで困るのですよ」


 やれやれといった様子で溜め息を吐く眼鏡男の余裕さに守が段々苛ついてきている。なぜか眼鏡男達には余裕があった。


「そんな事知るか。一体俺達になんの用だ?」


 予想は付いていたが、守にも状況を整理する余裕が欲しかった。この眼鏡男の芝居じみた行動にはイライラさせられると同時に時間を得るにはちょうど良かったのだ。最悪、人数的には十人程度に対し、守とナナコ、守る対象として未羽がいるが、守にとって人間が何人いようが問題ではない。蹴散らしてから逃げればいい、そう思っていた。だが、それを相手にさせてもらえるかは別だ。


「勿論、君達を捕獲する為に決まっているでしょう? その為に来たのだよ」


「そんな簡単に俺達が捕まると思ってるのか?」


「あぁ、捕まえる事が出来るさ。特別ゲストを呼んでいるからね」


「特別ゲスト……?」


 眼鏡男の拍手と同時に他の連中が左右に避ける。そしてある一人の人間が守の目の前に現れた。その人間を目にし、これまでなんとか平静を装っていた守は、ついに驚きを隠す事が出来なくなってしまった。


 なんたって相手は――――。


「遥さん……」


 そこに現れたのはまるで機械のように無表情になっている遥だった。


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