第八話 実験体『ドライ』

 いち早く動き出した女性はイライラしている様子を隠すことなく、準備を始める。


「ちぇっ、いいところだったのにもう……」


「えっと、緊急事態ですよね?」


「えぇ……。ハァ、それじゃあ行ってくるわね。ここで大人しく待ってるのよ」


 そんな事を言っている間に服装を元の状態にまで戻した女性は、守を置いて歩き出そうとする。


(チャンスか?)


「あ、あの!」


 声に反応して守の方へ振り向く。


「何かしら?」


 止められたのが気に食わなかったのか、守に対してイライラしてるのが、守にも伝わってきた。


「えっと、俺も一緒に行ってもいいですか? お姉さんの素敵な姿を見てみたいんです。……ダメですか?」


 なるべくナナコのような甘えている雰囲気を全面に押し出しておねだりをしてみた。ちょっと精神的にきついが、内部を見るチャンスだったので、逃がす訳にはいかなかった。


 素敵という言葉に反応してみるみる機嫌がなおっていく女性。守の周囲にはちょろい子が多いようだ。


「もう仕方ないなぁ。護衛って事にして連れてってあげるわね。喋っちゃ駄目よ。お姉さんに任せとけば大丈夫なんだから。その代わりについてきたら引き返せないわよ?」


「はい! ありがとうございます!!」


 女性が歩き出すと、守も立ち上がって女性の後に続いていく。シャッターまで辿り着くと、そこにいたのはこれまた嫌な匂いのするタンクトップ姿の屈強な男だった。


「アケミ、遅いぞ」


(アケミって名前だったのか)


 今更になって知った女性の名前。特に興味もなかったので記憶の片隅に閉まっておくことにした。


「うっさいわね。来たんだからいいでしょ? あ、そうそう、この子を護衛として連れてくわ。いいわね?」


 頭を下げる守を値踏みするように見てくる男。


「ちっ、また勝手な事をしやがって。おい小僧、邪魔するなよ?」


「はい、ありがとうございます」


 緊急事態な事もあり、渋々ながら同行する事が許可された守は、二人の一歩後ろを歩く。こちらに注目していない間に守は改めて二人を観察してみた。


(女の方は戦闘出来ないただの雑魚だ。だが、この屈強そうな男はそれなりに戦える。ここにいる人達とは鍛え方が違う)


 なんとなく見ただけで判断するなら二人とも殺すのは簡単そうだった。男の方が鍛えているといっても守が一発殴ればそれで終わるだろう。だが、今回はただ殺すだけではいけない。ここの環境を維持しつつ、嫌な匂いのする者を排除するのが目標だ。


 そして二人の様子を見ていたら目的地についたようだ。目の前のドアを開けると、中は店舗の会議室のようで、簡易的なイスとテーブルが用意されていていた。そして既にこの二人の到着を待っていたようで、数人が椅子に座っていた。その中の全員から嫌な匂いがしていたので守は入るのに躊躇する。


「あらどうしたの? 怖くないわよ」


(これはきつい……。だが、このままって訳にはいかないよな)


「はい、ありがとうございます」


 意を決して中に踏み込むと一斉に守の方へと視線が向けられた。それを守はスルーし、アケミの後ろをただ、歩き続ける。


「アケミくん、その子はなんだね?」


 アケミの席と思われるところに着いた時、真ん中に座っていた眼鏡を掛けた男がアケミと守を交互に見て話しかけてきた。


(こいつがあの方か?)


「私の護衛よ。文句ある?」


 アケミの言葉に再び守に視線が集まった。その視線には好奇な視線からアケミのそばにいる事による嫉妬まで様々な感情が含まれていた。


「また新しいおもちゃを、まぁいい。やりすぎるなよ」


「ふん、余計なお世話よ」


(俺が目の前にいるってのになんて会話してるんだ。まぁここまできて逃げるなら処分するだけってとこか? どうせ逃げ場もないしな)


 話をしている間にもそれぞれが席に着いた。逆に先程話しかけてきた眼鏡男が立ち上がった。


「お集まりのみなさま、急な呼び出しにも関わらず、迅速な対応、ありがとうございます!」


 仰々しい態度で話し出す眼鏡男。まるでその姿は演劇を観ているようだった。


「そんな余計な御託はいい。要件はなんじゃ?」


 腕を組みながら白衣を着た老齢の男性がさっさと話すように促した。


「けんじぃ、そんな焦ってはいけません。せっかくみなさまで集まる事が出来たのですから」


 けんじぃと呼ばれる老人は溜め息を吐くと黙り込んだ。こうなった眼鏡男は何を言っても聞かないのを知ってるからだ。急いでいたのではなかったのか? 集まっている全員の気持ちは無視されている。


 そのまま余計な雑談をひとしきり話しはじめ、けんじぃに再び怒られて漸く本題に入った。


「まぁけんじぃの言ってる事も一理ありますね。では報告に移りましょう」


 けんじぃどころか総意だった事に眼鏡男は気付かない。だが、漸く本題に入れたので、水を差すような真似をする愚か者もいなかった。


「えー、一階にいた実験体『ドライ』が何者かに殺されたようですね」


(実験体……? あのコックか? くそ、引き返せないってこういう事かよ)


「なんじゃと!? わしの『ドライ』がやられたのかっ」


 怒りのあまりに机を叩くけんじぃ。眼鏡男はそれを無視して話を進める。


「はい。生体反応が完全に消滅したので間違いないでしょう。そこで問題なのはどこの誰があの『ドライ』を殺したかですね。これについてはあの方から命令を受けています」


(この男があの方ではなく、まださらに上がいるのか)


 情報量の多さに守の気持ちが追いつかない。だが、そんな事は関係なく、話は進んでいく。


「それであの方はなんて言ってたのかしら?」


 アケミが答えを催促する。それに対し、眼鏡をクイッとしてから答える眼鏡男。


「『ドライ』を殺した者の特定、及び捕獲。無理だった場合は殺害も許可されています。ですが、『ドライ』程の実力者を殺せる相手では私達だけでは分が悪いでしょう。そこであの方が三階に援助要請をして、『破壊者クラッシャー』様をお借りする事に成功しました」


(遥さんが!?)


「『破壊者クラッシャー』様に仔細は伝えておりません。あくまで一階の食糧調達と言っております。余計な事は言いませんようお願いします。新人くんもわかりましたね?」


「……俺も、参加しろって事ですか?」


「勿論ですとも。拒否……されるのですか?」


 人を人とも見ていないその瞳には守が映っている。ここで断るという事は生きて返さないって事になるだろう。


「……わかりました。参加します」


(どうにかして下の二人にこの事態を伝えないと。見つかったらまずい)


 悩んでいる間にも話は続き、最後に三日後に再び会議を開く事が決定したところで解散となった。


 アケミと一緒に部屋を出て寝具屋に向かう。下の二人の事を考えている守。だが、守は一緒に歩いているアケミからの視線を感じた事である事に気付いた……。


(あれ、このあと結局俺ってアケミと?)


 アケミの方を見るとアケミも勿論守の方を見ていた。その目は獲物を狙う猛禽類のようだった。守の目の前にも危機が迫っている事に今頃気付いたのだ。


 果たして守は逃げ切れるのだろうか?


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