第七話 緊急事態

「あら、本当に待っててくれたのね、お姉さん嬉しいわ」


 一瞬、意外そうな表情をしていた女性に、守は首を傾げた。


(あ、来ない人も多いのかな?)


 決して容姿が優れていない訳ではない女性だったが、どうしても気の強い印象が強い。気も短そうだし、嫌う人はとことん嫌いな性格をしている。そういう性癖の持ち主ならいいかもしれないが、全員がそういう訳ではないのだ。


 ちなみに守もそういう性癖ではない。正直ちょっとビクビクしていた。


「えっと、俺も寂しかったので……」


 とりあえず朝のこの女性の理由をそのまま使わせてもらって近づいていく。ドレス服にわざわざ着替えた女性からは、ほのかに香ってくる甘い香水の香りと、嫌な匂いが漂ってくる。


(くそ、外だったら殺して終わりなんだけどな……)


 今までの経験上、嫌な匂いがする人間に碌なのがいなかった。今回のこの女性も他の人にはないナニかがあるのだろう。


(よく考えたら、この嫌な匂いってなんなんだろうな? 生きている匂い、死の匂いはそのままだけど、漠然としてるよな)


 ナナコも感じる嫌な匂い。守の血が入っているから感じる事が出来るのか、それとも自我があるゾンビ全員が持っている特性なのか、比較する材料もないので見当もつかなかった。


(まぁいい事ではないのは間違いないな)


「それならお姉さんが温めてあ・げ・る♡」


 考え事をしていた隙に守の腕に掴まると、そのまま移動を開始する。豊満な双丘を守に押し付けるようにして歩いているが、守の表情は無表情だ。全く何も感じていない。


(ナナコさんだと恥ずかしくなるのになぜだ? 照れるどころか嫌悪感しかないぞ)


「緊張しなくてもいいのよ、坊や」


(ちがうし!!)


 否定してもいい事はないのはわかってるので無言を貫く守。それを女性は緊張しているのだと勘違いしてくれている。


 チラチラとこちらを見てくる人達を無視して暫く歩いていると、女性が立ち止まった。それに合わせて守も立ち止まり店舗の看板を見る。


 目の前にあるのは寝具屋だった。


(確かにある意味最高の寝床か?)


 中に入るとシャッターが閉められていく。逃げ出す事すら簡単には出来ないようだ。


(猛獣の檻に入れられたウサギさんってとこか? どっちがウサギかはあれだけどな)


 溜め息を吐くのを我慢して、気を取り直して守は周囲を観察していく。既に色々なところに持っていかれてるせいか、空いているスペースが多い。そして誘われるがままに寝具屋の奥の方へ連れていかれた。一番奥にあったのは綺麗に整われたキングサイズの特大ベッドだった。


(夕方なのにもうヤル気かよ?)


 あきらかに発情している様子の女性を冷ややかに見つめる守。予定だと先に情報を集めてから怖気づいたふりをして逃げるつもりだった。だが、先にヤッてしまうのであれば、計画通りにいかなくなる。


(困ったもんだ)


 守が寝転ぶであろうスペースにはピンク色の枕があり、守にはその枕がイエス枕にしか見えなくなっていた。どう断るか迷っていたところで、女性がじれてきたのか、守の腕を引っ張った。


 強く抵抗する事も出来なかったので二人揃ってキングサイズのベッドへ転がる。その際に、膨らんでいる部分を揉んでしまうが、やはり何も感じなかった。


(どんなに揉んでも嬉しくも何ともないのは、なんか男として切ないな)


 何とか心情に変化が起きないか、そのまま揉み続けてみたが、やっぱり変化はなかった。おそらく無理なんだろうと判断したところで、女性が守の手を掴む。


「もう、おませさんなんだから。優しくしなさいよね」


「えっと……」


「うふふ、まずは脱がしてちょうだい」


 守に背を向け、背中にあるファスナーを下げるように指示してくる。


 とりあえず指示通りにファスナーをゆっくり下げていくと、それに合わせて女性の呼吸が荒くなっていっているのがわかった。


「あん、じらすの上手♪」


(やばい、殺したい)


 なんとか首を折るのを我慢している間に、なんとか無事にファスナーを下げるのが終わった。すると、女性がドレス服をするするっと肩から下げ、インナーを残すだけとなった。


 そのまま守の方へ振り向き、インナーを下ろそうとしたその時、シャッターを叩く大きな音が寝具屋の中に響き渡った。


「おい! 緊急事態だ! 集合しろ!!」


 『緊急事態』という言葉に二人とも一瞬固まってしまう。どうやら守の知らないところで何かが起きてしまっているようだった。


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