第六話 二階の住人

 こんな世界になっても朝日は、全てを優しく包み込み、みんなに朝を告げてくれる。明るくなった二階では、美味しそうな味噌汁の匂いと、炊き立てのご飯の匂いが周囲を埋め尽くしていた。二階で暮らす十人はおおよそ百人。家族からカップル、会社の仲間といったさまざまな人達が一緒に暮らしているようだ。


「さぁ、並んだ並んだ。そこのあんちゃんもしっかり並ぶんだよ!」


「あ、わかりました」


「全く、朝から元気がないねぇ! 若いんだからシャキッとしなきゃっ」


 どこにでもいるようなおばちゃんは今日も元気よく、朝食の配膳をしている。守は何となく押されるように並んでしまい、食べもしないのに朝食を受けとってしまった。


(俺って普通に食事して大丈夫なのだろうか……?)


 よくあるゾンビモノだと食べた物が腹から飛び出たり、下腹部がふっくらと膨らんでいる事がある。守はゾンビになってから、普通の食事を摂取した事がなかった。


(なんていうか求めてないんだよな。まぁとりあえず食べてみるか、最悪、トイレかどっかで吐き出せば何とかなるだろ)


 意を決して使い捨ての紙コップに注がれた味噌汁を一口飲んでみる。そして守は驚きの表情に変わる。


(味が全くない……。周囲の食べている様子からしても無味という事はない筈だ。他のはどうだ?)


 割り箸でふりかけが掛けられたご飯を一掬いし、口に入れてみる。


(これもダメだ……)


 今度は、落胆の表情に変わり、思わず食べるのをやめてしまった。


 こんなところで改めて他の人と自分が違う事を感じてしまった守は、周囲の楽しそうに食べている様子を見て溜め息を吐いてしまう。


(人に近づいた気がしたけど、やっぱ俺って人間じゃないんだよな。わかってたんだけど、こうやって改めてわからされるのはきついなぁ……)


 とりあえず、腹に異常は無さそうだった。周囲の半分近くの人が既に食べ終わり、残ってるのは年配の人や、食べるのが遅い小さな子供になった頃、食べるのが一向に進んでいなかった守の元へ、若干ではあるが、少し嫌な匂いのする一人の女性が近づいてきていた。


「あら、あなた、あまり見た事がない顔ね? 食事が進んでいないようだけど」


 急に声を掛けられた事でビクっと身体が反応しそうになった守だったが、怪しまれないように無理矢理だがなんとか抑えた。流石に無視する訳にはいかないので、恐る恐る守はその女性の方を振り向いてみた。そこに立っていたのは、三十代半ば程度のキャリアウーマンのような雰囲気をした気の強そうな女性だった。さすがに遥のようにスーツを着ている訳ではなかったが、普通に働いていた頃はスーツを着て働いていたであろう事は容易に想像出来た。


 そしてその女性は心配そうというより訝し気に守を見ていた。目が合うと目を細め、さっさと返事をしろと催促してきているようだった。


(うーん、何を怪しまれてるんだ?)


「ねぇ、聞いてるのかしら?」


 この女性は気が短いようだ。足を貧乏ゆすりさせているので、イライラしているのが丸わかりだった。


「えっと、普段はわりと端っこにいるので。食事ですが、最近疲れちゃっててあまり食欲がないんです」


「体調がすぐれないのかしら?」


 全身を観察するようにジロジロと守を見ている女。守はちょっと気分が悪くなった。だが、それくらいで無視をする訳にはいかない。情報収集が優先だった。


「体調はそこまで悪くないのですが、この状況でしょ? 夜あまり寝れないので疲れが取れないんです」


 周囲にも同じような人がいるからだろうか、女性はその理由で納得しているようだった。


「あなた名前は? 一人なの?」


「守と申します。父も母も残念ながら……。なので一人ですね。それがどうかしましたか?」


 守が一人だとわかった途端、女性はスルスルっと守に近づいてった。この状況をナナコに見られていたら、今頃この女性はあの世に逝っていたかもしれない。


「それは悲しいわね。ねぇ、提案なんだけど、そしたらお姉さんのとこで寝るのはどう? お姉さんも坊やと同じだから夜が寂しいのよね」


 さっきまでの訝し気な様子は何だったのか、急に欲望丸出しで守にすり寄ってきた。これだけすぐに警戒をやめたのは、守が普通に受け答え出来たからである。


 ゾンビになる前、人は段々と意識が混濁した状態になる。相手の質問に対してまともに受け答え出来なくなったり、まともに歩く事すら出来なくなるのだ。噛まれる以外に何が原因でゾンビになるのか完全に解明されていない為、体調不良を訴えている人は隔離されているのだ。


 それに対し、守は普通に相手の目を見て、話が出来、意識がはっきりしていたのが確認出来た。


 そして本人は気付いていないが、守はゾンビになって身体がつくり変えられてから線は細いが、筋肉質になっている。さらに様々な戦闘を経て、優しそうな顔をしている割には、視線は鋭く、それがある一定の女性にはたまらないらしい。この女性もその一人だった。


「えっと……」


 守もいきなりそんなお誘いをまさか受けるとは思っていなかった為、返答に困ってしまう。すると、魅惑的な笑みを浮かべ、守の耳元で囁いた。


「フフッ、お姉さんね、ここじゃそれなりに偉いのよ? 一緒にいた方が得じゃない?」


(なんかいきなりビンゴか?)


 奇しくも、こういう行為に慣れてきていた守は、これぐらいでは動揺する事はなかった。ナナコのおかげ? である。


(嘘か誠か……。試してみる価値はありそうだ)


「是非、ご一緒させていただいてもよろしいですか?」


 守の台詞に舌なめずりをする女性。守は背筋がぞわっとした。


(は、はやったか? だが、もし、この女性があの方とやらと繋がってるなら重要な情報源になる可能性もある。無視は出来ない)


「嬉しいわぁ。じゃあ夕食後、またここにお迎えに来るわね」


「わかりました。楽しみに待ってます」


「あら、嬉しい事言ってくれるわね。お姉さんも楽しみにしてるわね」


 そういうと、守に手を振りその場を去っていった。


(手慣れてるなぁ……。一応罠の可能性も捨てきれない。用心しておこう)


 食べる気は起きなかったが、とりあえず飲み込むように残りの食事を終わらせ、紙食器を捨てると、その場を歩き出した守。あの女性の情報だけではなく、基本的なここでの生活、人間関係、さらには嫌な匂いのする人物の選別をする必要があるからだ。


(思ってたより賑やかだ)


 笑いながら雑談をしている女性達や、数人で走り回っている子供。空き部屋に荷物を運んでいる男達。こんな状況になっていても逞しく生きている人達の姿を見て、守は思わず頬が緩む。


(なるべく、この嫌な匂いを消すのに、ここの住民を混乱させたくないな)


 それを見極める為にもきちんと自分の足で歩き回らなければならない。この二階がどんな場所なのか、周囲を観察しながら夕方になるまで歩き続けるのだった。


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