第四話 訓練の意味
「えいっ! やぁっ!!」
相変わらずシャッターの閉じられた一室。そこでは、とても可愛らしい声が響き渡っていた。
「もっと身体全体で木刀を振ろう。ただ力を込めるだけじゃダメだ」
「はいっ!」
腰まで伸びた黒髪を邪魔にならないように一つにまとめ、動きやすいようにジャージ姿になっている。そして両手で木刀を持ち、守に向かって何度も振り下ろしている。この木刀はショッピングモールにあったスポーツ用品店に置いてあった物を何本か拝借させてもらった。
勿論、未羽の攻撃は守に全く当たらない。守は武道を習っていた訳ではないが、今の身体になってから五感が鋭くなったので、素人の攻撃が当たる事は不意打ちであったとしてほぼ無い。
(攻撃がスローに見えるな……。コックの時にもこれだったらもっと楽に戦えただろうが、まぁ贅沢は言えないよな)
これだけ感覚が優れたのはコックとの戦闘後からの為どうしようもなかったが、ナナコの脇腹に刺さった当時を思い出すと、どうしてもないものねだりをしたくなってしまう。
(まぁ後悔先に立たず……だな)
気持ちを切り替えて、目の前の未羽へと集中する。
「自衛をするにも、もっと木刀に慣れないと。俺がバール、ナナコさんが鉈を持っているように、未羽にも使い慣れた武器があった方がいい」
「まもにぃ、わかったよ。けど、二人はちゃんとした武器なのにボクだけどうして木刀なの?」
ちょっと不満そうな表情をしている未羽に守は真剣な表情で答えた。
「未羽はまだ中学生だからな。刃物で人やゾンビを躊躇なく斬れるか? 何より、刃物は思っている以上に重い。確かに陸上をやってただけあって運動神経は良さそうだけど、小柄だから大きな得物は難しいと思うんだ」
「まもにぃもよく考えてくれてるんだね。けど、木刀で人はともかくゾンビを倒せるの?」
「堅いやつを選んだから頭部に当てられれば倒せると思うぞ。まぁ基本的には自衛用だからな? 自分から行くなよ? なるべくは俺とナナコさんが相手をするから」
「わかってるよぉ、その台詞何度目になるの?」
「何度でも言うさ。一歩間違えばゾンビの仲間入りだからな」
「まぁそうだけどさ、ボクそんなに物分かり悪いように見えるっ?」
うるうると泣きそうな顔で守を見つめるが、嘘泣きなのはバレバレなので守が動揺する様子は見られない。
「未羽は頭がいいからこれだけ言えばわかるだろ? さぁ話は終わりだ。練習を再開するぞ」
「いい子、えへへ。ボク頑張るよっ!」
(本当に素直でいい子だな)
泣きそうだった表情が一変、いい子と言われてちょっと照れながらもいい返事で練習を再開する未羽。ちょろい子である。再び、未羽が振り下ろし、守はそれをいなしたり、バールで受け止める訓練を再開した。
この訓練には二つの意味があった。一つは先程の話通り、未羽自身が自衛を出来るようにする為に訓練をしている。
そして、二つ目は守が手加減をする為の訓練だ。ゾンビになってから並ではない力を持ってしまった守だが、これまで人間相手に発揮した事が殆どない。幼馴染の家で戦った時に人と戦ったのが最後で、あの時は初めから相手の二人とも殺す気だった。その為、当時の全力を暴走しながら行使していた。
そのあとのコックは、人間とはとてもいいがたい存在だったので、これまで人間を相手にした戦闘が圧倒的に少なかったのだ。
今回、守とナナコの身体は強化された。それは、流暢に話せるようになった時と違い、慣れる為にも訓練が必要になる。それなら未羽の強化のついでに自分達の身体にも慣れてしまおうと考えたのだ。いざ戦闘になった時に、力加減を間違えていきなり人間をミンチにする訳にはいかないのだ。
その為、この訓練は守とナナコが交互に未羽の相手をしている。守は元々運動神経がよかった訳ではないが、これまでにそれなりの戦闘経験を積んできていたので、大分戦う事に慣れていた。だが、ナナコはこれまでただの女子大生で、運動部に所属していた訳でもない。むしろ、文系だったので、運動神経は決してよくなかった。ゾンビのように最初から襲われない相手であったり、何も考えない相手であれば一方的に攻撃して倒すだけなので問題ない。だが、人間が相手だった場合、力によるごり押しが厳しい時がくる。身体能力は人間よりは高いが、守より若干低い。これを機に、戦闘を慣れる事は大事な事だった。
訓練は日が暮れる前まで続いた。やはり目的があると気持ちも上向くのか、未羽の表情も明るい。暫くは未羽を訓練し、守が力加減を出来るようになった頃に、守が二階へと向かう予定だ。ナナコはその間、未羽とお留守番をしてもらう予定になっている。
理想をいえば、未羽がその前に記憶を思い出せればいいが、おそらくそんなに都合よくいかない事は二人もわかっていた。二階に行けば、未羽を落としたであろう元凶にも触れる事になるだろう。
守はどのパターンになってもいいように計画を立てていくのだった。
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