第十話 コックの最期

 守の一撃は、コックの肩から斜めに切り裂いた。大量の出血が真っ白な調理服を真っ赤に染め、そのままコックは後ろに倒れこんだ。


 うまく動く事が出来ず、身体の力が抜けていく。守の一撃はコックの命を奪うには十分な一撃だったようだ。だが、そんな中でもコックはなお嗤っていた。


「ぐふふふふ、ぐひひひひひひひぃ。これが素材の気持ちなのですねぇ♪ これでまた一つ成長出来た気がします。あぁ……もっと料理したいなぁ」


 守が近づいてきた事にコックが気が付くと、相変わらず目は血走り、取ってつけたような満面の笑みになっていた。


「お客様、本日のお食事はいかがだったでしょうか? 出来ましたら、お食事の感想などいただ――――」


 最後まで言わせる事なく、守は残されていた全ての力でバールを振り下ろした。ハンマーの部分に当たったコックの頭部は、見事に醜い音を鳴らしながらそのまま粉砕し、周辺に飛び散っていった。


「これでおわったか」


 守は気付いていた。守と話す事で時間稼ぎをして身体の再生を行おうとしてた事に。コックの斬られていた身体は少しずつだったが、傷口がふさがっていたのだ。万が一にも蘇ってしまった場合、もう二人には打つ手がなかった。それが守にはわかっていた為、話に付き合う訳にはいかなかった。


 生きている匂いや、死の匂い、嫌な匂いの全てが消え去り、コックの完全なる死を確認すると、倒れているナナコの元へと守は急いだ。


 倒れているナナコまで辿り着くと、守が来たのに気が付いたのか、倒れていたナナコが壁にもたれかかるように座った。


「あいつはたおした。ナナコさんはむりしないで」


 守の言葉に笑顔で返事をすると、再び横にズレるように倒れてしまった。


 慌てて支えるように抱える守はナナコの状態を改めて確認する。外傷は細かい擦り傷と、服が多少切り裂かれたのは、見た目が目の毒だった程度で問題なさそうだった。だが、問題は脇腹を刺された穴だった。擦り傷はすぐに治るだろう。今まで見た限りだと守よりは遅かったが、ナナコも傷を塞ぐ事が出来ていたからだ。だが、この脇腹の穴はまずそうだった。他の傷と違って、塞がる気配がない。今も血が流れ続けている。


(どうする……?)


 守が必死になって抱えていると、ナナコは守の頭をあやすように撫でた。


「ありがとう。まもるといたじかん、たのしかった」


「だめだ。しぬんじゃない!」


 必死に身体を揺さぶってもナナコの身体からは力が抜けていくだけだった。既に意識が薄く、何をしても反応がなくなっていた。


『ナナコが死ぬ』


 守は頭の中が真っ白になりそうだった。ゾンビな筈なのに守からは涙が溢れだしていた。そして溢れた涙がナナコの擦り傷に当たったその時、奇跡が起きた。


 涙が触れた部分の傷が回復したのだ。それに気づいた守は必死に考えた。涙ではとてもじゃないが、傷口を完全に塞ぐ量を用意出来ない。では他の何か代用出来る物はないのか?


(涙の代わり……。これだ!)


 守はすぐに自分の手首に噛みついて、血を流した。すると、流れた血に触れた先からナナコの傷口が塞がり、時間は多少かかったが、ついに空いていた穴が完全に塞がったのだった。


「よかっ……た」


 大量の血を失った後にも関わらず、更に血を流してしまった為、守はナナコの穴が塞がるのを確認出来たのと同時に気を失ってしまった。だが、その表情は満足して安らかな表情だった。


 そしてそのまま守がナナコを膝枕するような形で寄り添って眠るのだった。


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