第九話 私が守るの!

 コックと守の間に立ったナナコは足が震えていた。目の前に立つコックはナナコの事を素材としか見ていない。今も身体の隅々まで観察されているのだ。それがナナコにもわかり、本能的に恐怖を抱いているのだった。


(怖いけど……守は殺させない。私が守るの!)


「ぐひひひひ、先にお肉がやってきましたか? それにしても美味しそうな素材ですねぇ。モモとムネが特に上質そうだ。メインディッシュにはどちらかを使用して……」


 自分の世界に入りだしたコックを見つつ、守の状態を確認するナナコ。


(血はもう止まってるけど、なんだかきつそう……)


 いまだに立ち上がれない守を庇うように立つナナコは自らの武器を右手に持った。


 ナナコがホームセンターで選んだ武器、それは鉈だった。最初は守と同じバールにするつもりだったのだが、多様なところで使う場合、違う得物を持っていた方が役割分担がしやすいと二人は考え、ナナコは鉈になったのだった。


 武器を前に突き出したところでコックもナナコの様子に気付いたようだ。


「ぐひ、そんなモノ通じませんよ? 見てごらんなさい? コック様のこの包丁を! これならどんな素材も綺麗に切れる。ぐひ、ふひひひひひひひっ」


 刃のように鋭い手刀を見せびらかすようにナナコに見せてくるコック。次の瞬間、手刀を軽く振り下ろした。


「えっ?」


 次の瞬間、守とお揃いだった作業着の片方の袖が切れ、音もたてずに地面へと落ちてしまった。


「ぐふふふふふふふふう♪ 最高、ホント最高。これで何でも調理出来ますねぇ。うーん、そうだっ! そろそろ上に行ってもいいと思ってたのですよねぇ♪ 遠目から見ましても上質な素材がたーーくさんありました。これは楽しみですねぇ。ふひひひひひひひひ♪」


 その発言に守が反応したが、まだ動けない。何か集中しているようだ。そして動けない守に変わって、ナナコがコックへと走り出す。


「ぐふふふふふ、無駄ですよ」


 手刀をスッと振り下ろしたタイミングを見て横へ転がるナナコは、斬られたのが本当に作業着だけなのかを確認すると、ギリギリ避けながら再び近づいていく。幸いにも調理器具を盾にすればコックはそれを傷つけるのを恐れているのか、攻撃の手がゆるんでいた。


「コソコソしてめんどくさい素材ですねぇ。……なら先にこちらをどうにかしましょうか」


 思っていた以上に苦戦しているコックはここで手負いの守から処理しようと守の方を振り向いた。そこで座っていたのは肘まで腕がしていた守だった。


 一瞬驚いた表情をすると、そのあとは口をニタリとしながら守を観察していた。


「ぐふふふふふふ? 面白いですねぇ。素材はともかく、いくらでも料理の練習に使えるのは良さそうです♪」


 気付かれた守は残っている右腕を紫色に変化させてバールをコックの頭に向かって全力で投げた。


「おっと?」


 凄まじい速度に慌てて避けるも体勢が崩れたコック。それを見たナナコが走り出した。


「いっけええええええええ!」


 調理台の上を踏み台にして飛び跳ね、そのまま頭上めがけて鉈を振り下ろすと、ギリギリ避けられ、肩口に突き刺さった。途中まで食い込んだ鉈の刃先は何かに挟まれたかのように動かなくなった。ナナコではまだ力不足だったのだ。


「ぐふふふふふふっ! 甘いですね。離れなさいっ!!」


 引き抜けなくなった鉈を抜こうとしているところにコックは、手刀を突き刺すように前に出した。ナナコは反応するも、間に合わず、脇腹に刺さり、そのまま壁まで吹き飛ばされてしまった。よく見ると、手刀は形状が変化していて、今は槍のようになっていた。


 脇腹から血が吹き出すナナコはどうにか抜け出そうと暴れるが、徐々に力が入らなくなってきている。


(まずい……。力が入らない)


「ぐふふふふふ、ようやく大人しくなってきましたか? それでは先にお肉を柔らかくする為にフォークで刺すとしましょうか♪」


 そういうと、コックの槍は三叉槍のようにサイドから尖った針が増えた。その針は徐々にナナコへと近づいていく。


「やだ、やだっ、やだやだ!!」


 もがくが思うように動けない。涙が溢れ、全身が震えていく。


「大人しく柔らかぁいお肉におなりなさい♪」


「やだよ! そんなのぜったいやだよ!! たすけて、まもる!!」


「ぐふふふふふふふ、ぐふふふふふうううう♪ ――――んあっ?」


 下卑た笑みを浮かべていたコックだったが、頭上に黒い影が見えた為、上を見上げる。するとそこにいたのはが紫色に変化した守だった。


「しね!!」


 とにかく避ける為にフォークを引き抜こうとするが、ナナコが残っていた力を振り絞って抜けないように掴む。その為、一瞬動作が遅れてフォークが抜け、体勢が崩れてしまった。そして守はその隙を逃さなかった。


 コックに向かって一直線に飛び出していた守は、落下した勢いで肩口に刺さったままの鉈を掴み、そのまま下まで振り下ろすのだった。


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