第八話 コック
守はバールを両手に持ち、ゆっくりと持ち手の部分を確かめるように握ったり緩めたり繰り返している。一歩一歩踏みしめるように歩く度に覚悟を決め、そして辿り着いた。
目的地は勿論、例のステーキ屋だ。次の狩猟時間を狙う事も考えたが、いつになるかわからないし、上から人が落ちてくるのを待つのが守は嫌だった。
そして広場では、必要以上に目立ってしまうだろう。幼馴染の目に入ってしまう可能性もある為、出来れば、個室で戦いたかった。
(ハァ…………)
後ろを振り向くと、嬉しそうに歩いているナナコ。今は守が武器を持っている為、流石に抱き着いていない。
(確かに気持ちはわかるだけどな)
「ナナコさん。できるだけ、おれのうしろにいてください」
「もちろん」
(それだけ聞き分けがいいなら待っててくれないのかな?)
「ナナコさん、やっぱ――――「やだ」
(デスヨネー……)
これからやるのは遊びじゃない。出来る事ならナナコを危険な場所に連れていきたくなかった。だが、ナナコの意思は固い。
(短期決戦で一気に決着をつけるぞ)
守は気合いを入れ、バールを力を強く持つのだった。
シャッターの目の前までやってきた守は、バールを腰ベルトに下げ、手をかける。力を集中させていくと肌の色が紫色に変化していった。
そしてそのまま少しずつシャッターを持ち上げていく。侵入しているのをなるべくバレないようにしたいからだ。二人がくぐって入れる程度まで開け、再び、バールを握ると、そのままゆっくりと侵入した。
店舗の中に入ると、そこは奇妙な空間だった。目の前には食事をする為の客席がズラっと並んでいて、その客席一つ一つにランチョンマットが引かれ、その上に食事に必要な食器などが並べられていた。
まるで、これからコース料理が運ばれてくるかのような
これが日常であったならば、美味しそうな肉の香りに涎の一つでも垂れていたかもしれない。だが、実際にこの場で調理されているのは、先程獲ってきたモノばかりだ。
スープ鍋からはみ出ている骨や、包丁で切り刻まれている肉。ぎゅうぎゅうに腸詰されたソーセージ。これらは全て同じ素材を使って調理されたモノだ。
あまりに現実とかけ離れた光景に二人は息をのむ。そして一歩踏み出そうとしたその時、背を向けていたコックが二人の方を振り向いた。
「ぐふふ、ぐふふふふふふふ。いらっしゃいませ、お客様。こちらは厨房ですので、客席でお待ちください。ただいま料理をお持ちしま~す♪」
(くそっ! 気付かれたか!?)
「い、いや、おれたちは――――」
「料理の準備が出来次第、お持ちしま~す♪」
相変わらず目が血走り、取ってつけたような満面の笑みを浮かべながら二人を客席へと促そうとするコック。それを無視して中へ一歩踏み出した瞬間、コックの表情が豹変する。
「ここは料理人の聖域だ!! 勝手に入るな!!」
鬼気迫る表情に踏み出した一歩を戻してしまう。すると、コックは再び、満面の笑みを浮かべている。
「少々お待ちくださいませ~♪」
「おまえはなにをしている……?」
「ぐふふふふ、ぐひっ。そりゃお客様へ、料理のおもてなしをするに決まってるじゃありませんか~♪ お客様こそ、厨房にいつまでもいらっしゃるなんて、マナー違反でございますよ。お戻りくださいませ?」
「おれたちはおきゃくじゃ――――「ぐふふふふふふふふっ!? ふひひひひ、そちらのお肉はとても新鮮そうでございますねぇ?? あれあれ? てことはお前はお客様じゃなくて業者か?? だから厨房に入ってきたんだなあああ??」
不穏な言葉と態度の変化にナナコが思わず守の後ろに隠れると、守もナナコを隠す。すると、あからさまにコックが不機嫌そうな表情になった。
「ぐふふふふふ、おい、業者。コック様が料理をするには材料が必要なんだ。その肉よこせ」
「おきゃくはかみさまでもおれたちはちがうってか?」
「当たり前だろ!? いいからさっさと肉をよこせっ!」
まな板にあった肉切り包丁を二人に向けるのと、守が走り出し、コックの目の前にあるシンクをコックに向かって蹴り飛ばした。
「ぐがああああああああああああああああああああ!!」
それをコックが片手で受け止めると、そのまま端へ投げ捨てた。コックの表情は怒りで筋肉が膨張し、パツパツとなった調理服が破れかかっていた。
「あぁ!! 調理器具になんて事を!! 許さん、許さんぞお!!」
そう言いながらこちらに突進してくるコックだったが、脚が遅かった。おそらく、戦闘なんてした事がなかったのだろう。動きの鈍いコックの腕をつかみ取り、そのまま壁に叩きつけた。
「がはっ!」
そのまま床に倒れると動かなくなったが、守はそのまま追撃に向かう。すると、守の左肩辺りに一筋、何かが通り過ぎ、遅れてバールが床に落ちた音が響き渡る。守が左肩を見てみると、肩から先が無くなっていた。
「なっ!?」
遅れて生じる痛み。幸いにもそれ程の痛みではないが、出血がひどく、大量の血で地面が赤く染まっていく。左肩を瞬時に力を込めると血は止まったが、血を大量に失った守の顔色は悪い。
「ぐひ、ぐひひ、よ、よくもやったな? お、お前も今度の料理のフルコースの一品にしてやる」
ゆっくり立ち上がるコックを見つめる事しか出来ない守。
コックが少しずつ近づいてくると、守とコックの間に一人割って入ってきた。
「わたしのまもるにてはださせない」
守とコックの間に割って入ったのはナナコだった。ナナコは震えながらもコックと対峙するのだった。
大切な人を守る為に……。
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