第七話 異形のモノ
あれから数日経過したある日、それは大きな悲鳴と共に上からモノが降ってきた。
トマトが潰れたかのようなその音。それは確かに人であったモノだった。それと同時に猛獣の檻が僅かに開く。そこから飛び出したのは、生きている匂いと死の匂いが混ざった歪なイキモノであった。
「なんだあれは?」
あれから毎日、遠目からステーキ屋を監視していた為、突然の悲鳴にすぐ気付く事が出来た。そして二人は……遭遇してしまった。
「……わからない」
ここ数日、普通に喋れるように発声練習をしていた守とナナコは、だいぶ発音が人間らしく戻ってきていた。
ガサガサ、ガサガサっと四つん這いになりながら動き回るソレは、落ちてきた肉塊を奪う為にゾンビ達を肉切り包丁で切り裂いていた。ある程度片付けると、肉塊を口にくわえたままステーキ屋へと戻っていった。
「……みたか?」
「うん」
二人とも呆然となりながらも先程起こった出来事を思い出す。その男は調理服を着ていた。おそらくコックだったのだろう。一応、人間の形をしていたが、生きている匂いと死の匂いが混在していた。そして、獲物を追いかけるその目は完全に血走っており、常に涎が垂れた状態で肉を獣のように搔っ攫っていったのだ。
さらに言えば、そもそも上から人が落ちてくるという事が非常事態なのだ。だが、それすらもあの男の存在感がそれらの出来事を上書きしてしまったのだ。
(あいつが一階の嫌な匂いの元凶だ)
守は正直、この男に会うまでは今の状況を楽観視していた。なぜなら、車すら簡単にひっくり返す腕力に、銃で撃たれてもビクともしない肉体。そして、傷ついたとしてもすぐに治るその修復能力。どれをとっても普通の人間では太刀打ち出来ない存在だとどこかで自負していたからだ。それにいざって時は、前回のように入口を無理矢理壊してゾンビを侵入させれば勝てると思っていた。
だが、あの男は違った。死の匂いが混在していっる為、ゾンビに襲われている様子がない。肉塊に集中しているからなのか、ただ正気じゃないからなのか、それはわからない。だが、もしも今以上に肉塊を欲してしまった場合、二階から上には最悪の未来が待っている事は間違いないだろう。しかもあの感じは既に人の味を覚えてしまっている。
「どうする……?」
見ている先は猛獣の檻、いや、いつでも出る事が出来るのだから檻ではない。むしろ導火線に火のついた爆弾のような物だ。いつ欲望を解放させ、上へと狩りに出るのか……。
(時間の問題だろう)
守はそう判断した。
「ナナコさん、かくれていてほしい」
守のこの一言だけでナナコにはこれから守が何をしようとしているのかわかってしまった。
当然、ナナコの答えは――――。
「いやです」
守に抱き着く力は今までで一番強かった。
「おねがいです」
「むり」
「「…………」」
ナナコはただお留守番するだけの存在になるのが嫌だった。この前は探索に行く邪魔をしたくない気持ちが強かった。ナナコはほとんど喋る事が出来ないし、走る事も出来なかった。その為我慢が出来たのだが、今回は違う。
守は死ぬ可能性があるにも関わらず、戦いに行くのだ。そんな戦いをナナコはただ隠れて見ているだけなんて無理だった。
確かにナナコの戦闘力は守に比べると大したことがない。腕力、強靭な肉体、修復能力。どれもが守より劣っている。その原因は定かではないが、それがナナコの現状なのだ。
「あぶないんだ」
「じゃましない」
ナナコの強い意志を含んだ瞳が守を射抜いている。果たして、守の出す答えは――――。
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