第六話 破壊者

「その子は私の知り合いだ。許してやってくれないか?」


 突然の声に驚いて振り向くと、そこにはこんな真夜中にも関わらず、ピシッとしたスーツを着ている妙齢の女性が立っていた。


「ハルカサン……」


 この女性を守は知っていた。


「おう、久しぶりだな」


(あの時には、いなかったが元気そうだ。まぁこの人が簡単に死ぬ訳ないんだが)


 『十文字 遥』。清華家を代々護衛している家系である十文字家の今代の当主だ。十文字家では強さが全ての為、遥は二十代という若さにして十文字家において一番強いという事になる。


「は、遥さんのお知り合いでしたか! 問題ありません。私は引き続き、巡回に戻ります」


 逃げるように去っていく男を二人で見送ると、遥は守の方を向いて手を差し伸べた。守はその手を握り返すべきか迷って、最終的に握り返す事にした。


「お前、


あまり驚いていない遥にどこか納得いっている自分がいた。


(やっぱりこの人なら気付くよな……)


 暫く沈黙が続く二人だったが、遥が一つ溜め息をつくと、握手していた手を放す。


「お前にも色々あったんだな。実はな、先日のバスを運転していたのは私だったんだ。見えたのは一瞬だったが、明らかにお前は強い意志を持って戦っていたように思えた。私がその場にいない時の状況も、お嬢様から聞いている。最初に聞いた時は半信半疑だったんだが、こうやって実際にわかってしまうと、信じざるを得ないな……」


「ハイ……。オレハ、ジガガノコッテイマス。デスガ、イマゾンビデス。ハルカサンハオレヲケシマスカ?」


(遥さんなら今の俺でも消そうと思えば簡単に消せるだろう)


 清華家の最終兵器とも呼ばれる遥には『破壊者クラッシャー』という異名が付けられている。そのまま字のごとく、清華家の為なら全てを破壊してしまう、恐ろしいお姉さんである。ちなみにエスカレーターを破壊したのも遥だ。これが原因でこのショッピングモールでも恐れられている。


「ふむ。それがお嬢様の為とあらば、たとえお前といえども消す」


「ソウデスカ……」


(どうする? 俺では遥さんに勝てる可能性はゼロに等しい。逃げるか? だが、追いかけられたらたとえ一階に逃げ込んだとしても殺される未来しか見えないぞ)


 後ろをチラリと覗いて下を確認する。今の守なら落ちても死ぬ事はないだろう。覚悟を決めようとしていたその時、遥は手を前に出して、敵意がない事を示した。


「早合点するな。お嬢様はそれを望まない。流石のお嬢様もショックを受けておられたが、私が慰めるまでもなくすぐに立ち直られたぞ。なんとなくだろうが、お前が事に気付いておられる。次に再会した時にはおそらく完全にバレるぞ」


「…………」


 よっぽど守がおかしな顔をしていたのだろう、顔を見て笑った遥が、守の肩に手を置く。


「確かに今のお前はゾンビだろう。だがな、根っこは変わってないんだよ。私もな、少しでもお前がおかしければ容赦なく殺すつもりだった。だが、お前はいつも通りだったよ」


 優しく微笑みながら肩に置いた手を放すと、遥は守に背を向けた。


「お前はこれまでと変わらずにお嬢様を守るつもりなんだろう? こんな状況だ。私はそれを歓迎する。お嬢様のそばには私がいるから安心して、お前はお前のやり方でお嬢様を守れ。困ったらいつでも私に相談しろ」


 頼もしい言葉だったが、守には一つ、遥にお願いしたい事があった。


「ハルカサン、コノコトハ……」


「自我が残っている事を話して欲しくないって事だろ? 大丈夫だ。お嬢様にとって危険がない限り、私から何か言うつもりはない。お前にも理由があるのだろう。私はお嬢様を守ってもらえればそれでいい。あ、そうだ。もうお前も気付いているだろうが、危険は一階だけではない。くれぐれも気を付けろよ。ゾンビに言うのもあれなんだが、死ぬなよ? お嬢様が悲しむからな」


 そう守に告げると、守の返事を待たずにそのまま手を振って闇へと去っていった。


(相変わらずだなぁ……。言いたい事だけ言って行ってしまった。だけど、これでるぅを守る事に専念出来そうだ。何より、るぅに関してなら一番信用出来る人と再会出来たのが頼もしい)


 最低限の目的を果たした守は二階へと飛び降りていく。二階は変わらず静かで、今度は誰にも気づかれずに一階に降りる事が出来た。


 一階に着地するとすぐにナナコが守へと駆け寄ってきた。ナナコに手を振っているとそのまま守にナナコが飛び込んだ。すると、急に守の匂いをくんくんと嗅ぎ出して、不機嫌そうな雰囲気に変わっていく。


「ウ……ワキ?」


「エ?」


 いつから付き合っていたのだろうか? 守は疑問に思ったが、決して口には出さない。口に出してもいい事がないのをわかっていたからだ。


「キョウリョクシャヲミツケテキタ」


「マモル、ワタサナイ」


 擦り付けるように守にくっつくナナコの頭を撫でながら端っこに移動する守。段々とナナコの扱いに慣れてきたようである。


(とりあえず、るぅの事は遥さんに任せよう。俺は、この一階フロアの危険を排除しないとな)


 守が見ている先は一番嫌な匂いが強いステーキ屋。シャッターが下がっているその姿は、まるで猛獣の檻のようだ。


(これからはこの猛獣退治をどうするか考えないとな)


「トリアエズアサヲマトウ」


 最初に隠れていた場所まで戻った二人は、端っこの方に寄り添って座った。そして守は目を閉じる。守はゾンビなので肉体的には疲れる事はないが、それでも精神的には疲れる。目をつぶったとしても寝る事は出来ないが、明日以降の計画も練らなければいけない。その為にも休息は必要だった。


(こういう時に二人っていいな)


 今までは一人だった。それが今では、隣にはナナコがいて、遥という協力者も得られた。ふと視線を感じて隣を見ると、ナナコがこちらを見ていた。頭をそのまま撫でると嬉しそうにしてくれる。最近ではそれが守も嬉しく感じるようになった。


(守らないとな……)


 幼馴染を守るのは当然だが、もう一人、守りたい人が増えた。けど、守はそれが嫌な気分になる事はなかった。


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