第二話 ナナコさん

「ナナコサン、イキマスヨ」


 ピンク色の作業着を着たナナコが守の後ろでぼーっとしながら歩いている。今いるのは最初に訪れたホームセンターで、守のバールの交換とナナコの武器の用意、そして裸のままだったナナコに服を着せる為にやってきた。


(誰か来た形跡はあるが、何も持ってってないな)


 首を傾げながらもテキパキと守も着替え、新品の作業着に袖を通した。原因は首を傾げている本人のせいである。


 ちなみにナナコにはもっと普通の服を着せる予定だったが、ナナコがかたくなに断る為、守と色違いの作業着を着てもらう事でなんとか収まった。なお、下着は着用していない。下着は着用していないのだ。今も胸元のチャックを上下しながら守の様子を伺っている。守で遊んでいるようだ。


(くそっ、完全に遊ばれてるのがわかるが、悔しいけど可愛い)


 ナナコは優し気なお姉さんタイプだ。生前は女子大生で、全てを許してくれそうなふんわりとした柔らかい瞳に、微笑むように口角が上がっている唇。派手過ぎない程度に染められた茶色い髪。そして全てを包み込んでくれるであろう二つのぷるんぷるん。


 ちなみに、今呼んでいるナナコというのは先日、守の前に現れた女性ゾンビの事だ。ナナコは守と違って喋る事が出来ない。名前を教えてもらえれば一番良かったのだが、それが不可能だった為、暫定的にナナシの女の子で『ナナコ』と呼ばせてもらっている。本人も納得いった様子でナナコと呼ばれれば嬉しそうに振り返るようになった。


 今も守に呼ばれて嬉しそうに腕にくっついて歩き出した。


「ハ、ハナレロ」


 必死になって抵抗しているように見えるが、振りほどく腕に力はさほど入っていない。痛みなどの感覚は鈍くなってる筈なのになぜか鮮明にアレの感触が伝わってくる為、振りほどく事が出来ない。やはり男のさがには抗えないのだ。


 仕方なく、本当に仕方なく守はそのまま歩き出した。


(ここにもう用はない)


 前回の時に用意したリュックは戦闘中にどこかに行ってしまった為、今回は余計な荷物を持っていない。どうせ、守もナナコも食事はいらない。この身体になってから空腹を感じる事がなくなっている為、そういった物の用意は不必要だった。


(他のゾンビ達は常に飢えてる感じがするのになぜなんだ? ナナコさんはまだ生存者を見てないからはっきりとはわからないが、何となくそういう無差別に襲うとかは無さそうだ)


 これは守の直感だったのだが、間違っていない。今の守達は空腹になる事はない。他の普通のゾンビと違い、そういう身体に変化してしまっているのだ。


 外へ出ると、守は迷わず次の目的地に移動を開始する。外へ出ると扉を開ける音に反応してゾンビ達が一瞬二人を見るが、すぐに興味をなくし、フラフラと歩きはじめる。


 基本的にゾンビ達に自我はない。最初の頃に色々実験してみた結果、大きな音を出せばそちらに反応するが、ただそれだけだ。今回いたのはゾンビであった二人だったが、これが生存者だった場合、瞬時に襲い掛かっていたであろう。流石に生きている匂いと死の匂いの違いはわかっているようだ。


 今歩いていても、前回歩いていた時より、生きている匂いが少なくなっていた。ゾンビに見つかったのか、それとも餓死したのか。それ判断する事は難しかったが、生存者が確実に減ってきているのは守には理解出来た。


(るぅなら大丈夫だと思うが、心配だから急ごう)


 清華家が簡単にやられるとは思えないが、万が一があるかもしれない。


 守の雰囲気が変わった事でナナコが腕から離れた。なんとなくわかったのだろう。守からもナナコの感情がなんとなくわかるのだ。出来る女である。どういった原理かわからないが、まぁそういう事なんだろうと守は判断し、歩みを少し早める。


 最初の頃の守程遅い訳ではないが、まだ早く歩けないナナコに合わせたギリギリの速度で目的地まで向かう。


 守が空を見上げると、先程までの晴天が嘘のようにどんよりとした雲に覆われているのだった。


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