第十二話 守の選んだ結末

 美しく伸びた黒髪は太陽の光を浴びてキラキラ輝いている。クリっとした瞳に、思わず目が向いてしまうような魅惑的な唇。学業においても学年のトップを一度も譲った事のないまさに才色兼備な存在。スタイル抜群で料理も完璧なまさに現代の大和撫子だ。


 そこにいたのは間違いなく幼馴染のるぅだった。幼馴染との再会に一瞬気が緩んでしまった隙に、二人の男は車から脱出して幼馴染の方へ向かって逃げだした。


(くそっ!)


 幼馴染と再会してしまった事で一気に頭が冷えた守は、とにかく男達を追いかける。だが、あきらかに男達の方が速い。


(どうする!?)


 あの豪邸の様子から見ても、男達が幼馴染達に危害を加える可能性は極めて高い。


(また俺は守れないのか?)


 ふと昔の事が頭に思い浮かぶ。ダメだ。二度と同じ事を繰り返さない。そう誓ったんだろ?


(俺がるぅを守るんだ……!)


 冷えていた頭が再び、熱くなってくる。瞳は再び真紅に染まり、それに伴って両腕、両脚が紫色に変化していく。


「ガアアアアアアアアア!!」


 轟音と共に駆け出す。すると先程とは比べ物にならない程の速度で走り抜け、幼馴染の元へ辿り着く前に男達に追い付く事が出来た。


「あひぃ!?」


 無様に尻餅をつく男を冷たい目で眺めつつ、こちらを警戒している隣の男の首を掴み、そのまま持ち上げた。


「うぐぅ……」


 こいつの方が危険だ。このデブの方が嫌な匂いがするが、見た限りではろくに戦う事も出来ないだろう。だが、こいつはあきらかに荒事に慣れている。今だって苦しんでいる中であっても、冷静にどうやれば抜け出せるか模索している。


(早めに処理しなくては)


「まぁくん!!」


 首をそのまま折ろうとしていたその時、幼馴染の声が響き渡った。あきらかにこちらを心配そうに見ている。


(こんな状況でもるぅは優しいな……)


 その気持ちは嬉しかった。これがまだ人間の頃であれば守も止まっていただろう。だが、今の守はゾンビだ。


 一瞬弛んだ腕の力を再び込める。


 ゴキッ!!


 騒がしい筈なのによく聴こえてきた骨の折れた音。そして死の匂いを感じてから、その辺に投げ捨てた。


「まぁくん……?」


 幼馴染の身体は恐怖に震えていた。幼馴染であった守が別の何かに見えたからだ。それを見た守は、少し悲しい表情に変わる。だが、すぐに切り替えた。まだ処理しなければならないゴミが残っているからだ。


「ウガアアアアアアアアア!!」


「ひぃ!?」


 守が睨み付けると、ズボンにシミをつけながらそのまま後ずさって必死に守から離れようとしていた。


「まぁくんやめて!!」


 幼馴染の叫びを無視して男へと近づいていく。


 パァンッ!!


 胸に強い衝撃を感じた守は、その部分を触ってみる。するとそこには小さな穴が空いており、赤黒い液体が手についていた。


 男の方を見てみると拳銃をこちらに向かって発砲していたようだ。


「ふははははっ!! ざまぁみろ! 油断しているからだ。バケモノめっ!!」


 笑いながら勝ち誇っている男は立て続けに発砲していった。その度に守の胸には穴があいていったが、守に反応がない事に首を傾げる。痛ければ苦しむ様子を見せるだろうし、大半が心臓に向かって撃ったのだ。そのまま倒れていたっておかしくなかった。


 相手が守ではなく、普通のゾンビだったら倒せたかもしれない。だが、守は普通のゾンビではない。


(この程度じゃ俺は止まらない)


「オワリダ」


 弾の出なくなった銃の引き金を必死になって引き続けている男に向かって、守は走り出した。


「た、助けてくれ!!だ、誰か、モゴッ!?」


 騒いでいる口を塞ぎながら男を持ち上げた守は、こいつをどう処分するか考える。


(こいつも俺の一部にするか……? いや、それは何か違う気がする。ゾンビにでも喰わせるか)


 周囲にはいくらでもゾンビはいる。ふとその中に裸の女性ゾンビがいた。


(もしかして……)


 自我はない筈なのに、一瞬こちらと目が合った。そして、口が三日月のように嗤ったように感じていた。この男に対し、明確な殺意をもって見ているように見える。おそらく被害者か?


 直感だが、守にはそう思える程にそのゾンビの視線が気になった。生前の記憶が残っているのだろうか?


(俺みたいに自我が完全に残っているゾンビもいるんだからそんなの事もあるか)


 他の邪魔してくるゾンビを処理しながら女性ゾンビの方へと向かうと、あちらもこちらに向かってまっすぐ歩いてきた。近づくにつれ、目は血走り、笑みは深くなっているように見える。


 終始、無表情で嗤ってない筈なのにだ。


(悔しいよな? 俺がその無念を晴らしてやるよ)


「まぁくん……?」


 幼馴染の声に守るが振り向くと、そこには怯えながらもこちらに近づいてこようとする姿があった。


(そんなに泣きそうな顔をしないでくれ。これもるぅの為なんだ。わかってくれとは言わない。これは俺のエゴだから。とりあえずるぅには護衛もついているし、近くのゾンビはある程度処理した。すぐに襲われる事はないだろ。さっさとこっちの仕事を終わらせよう)


 どちらも歩み寄っていた為、思いのほかすぐに対面を果たす事が出来た。


「んぐぅっ!!」


 必死に抵抗している男の両足を蹴ってへし折る。これでもしこのまま放しても逃げる事は出来ない筈だ。


 もがいている男をそのまま女のゾンビに向かって投げ渡す。


「ぎゃぁ!! 足が、わしの足がああああああああ!!」


 男が騒いでいる様子を見ても襲い掛からない。


(すぐに襲い掛からない。やはり自我があるのか?)


 こちらの様子を伺っているようにも見える女のゾンビに向かって、守は首でクイッとジェスチャーをした。


 すると、ようやく女のゾンビが男に襲い掛かる。


「お、おい。やめろ! あ、あ、あ、あがああああああああああ!?!?!?!?!?」


 みるみるうちに男が噛まれて血だらけになっていく。これでもう安心だ。


 後ろを振り向くと、そこには呆然と立ち尽くす幼馴染の姿があった。その表情は怒りとも悲しみともいえない、そんな表情をしているのだった。


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