第二話 新たな目覚め

 ドゴオオオオオオン!!


「!?」


 突然の轟音に守は目が覚めた。まだ目が覚めきっていないのか、身体が異様に重い。まるで


「ア……ゥ」


 (あれ、うまく声が出ない?)


 声は出ないし、身体は重いし。けどこれってただの体調不良なのだろうか?


(とりあえず母さんに言わなきゃ)


 そう思ってゆっくり立ち上がった時、漸く現状を思い出せた。そうだ、母に噛まれて、気を失ってたんだ。


 気絶するまでに感じていた寒気と傷口の熱が嘘のようになくなっている。にも関わらず、身体は思うように動かず、声がうまく出せない。


(やっぱりただの体調不良じゃない? そもそも肩を噛まれた位でこんなに具合が悪くなるものなのか? いや、これってさ、もしかして……)


 思うように動かない身体を無理矢理動かして上半身を脱ぐ。すると、噛まれた肩を中心に、紫色に変色した血管がドクドクと脈を打っていた。触ってみると、何だか硬くなっていて、自分の身体じゃないみたいだ。


 何だか怖くなってきた守は一旦この問題を置いて、外の様子を見る事にした。先程の轟音が外からしていたからだ。


 窓のカーテンを開けてみると――――。


(これが本当に俺が暮らしていた街なのか……?)


 目の前に広がるのは半ば廃墟と化した街並み。先程の轟音は電柱にぶつかった車の音か、中から人が飛び出して逃げようとしていたが、物音に反応してやってきた暴徒と化した人達に襲われて、断末魔をあげていた。


(これってゾンビ……)


 まるで映画の世界である。夢だと思いたかったが、自分の肩を見るだけで現実に戻されてしまった。母は薄暗かったせいか、見た目がゾンビに見えなかったが、外で襲っている人達は、身体の一部が無かったり、血だらけであったり、さらには、臓物が飛び出している。それで痛がってればまだ否定出来るのだが、そんな事は気にせずに歩き回っている。


 守はそんなにゲームはしないのだが、映画でゾンビ位は知っていた。そしてゾンビに噛まれたらどうなるのかも当然知っていた。


(身体が重いのも、声が出せないのもゾンビになったから……?)


 少しずつなら動かせる手をグーパーしてみる。噛まれたのが肩だけなのもあって、パッと見ただけでは普通だが、よく見たら肌の色が土のようになっている。さらに致命的といえるところが、胸に手を当てると心臓の音が聴こえない。


 だが、この事実に不思議なほど、守にショックは少なかった。普通であれば発狂してもおかしくない程の衝撃である。だが、今の守にとってそれよりも重大な事があったのだ。


(今は意識があるからいい。だけど、もし、俺も外にいるゾンビみたいに誰でも襲うようになったら? その相手が万が一るぅだったら……?)


 守らなければならない守が逆に幼馴染を襲う。そんな事は絶対に許せなかった。


(そんな事になる前にもう一度死のう)


 幼馴染だ。まだ死んでいないのは確信していた。あの家ならゾンビ程度、暫くは撃退する事が出来るだろう。その間に救援がくればなんとかなるといえる。それだけの力はある。


 だが、それは一般のゾンビが相手だったらだ。もし、その場あらわれたゾンビが守だったら……?


 それだけで守の感情は不安包まれていた。動いていない筈の心臓が高鳴っているかのような錯覚を起こしている程に。


(窓から飛び降りればきっと死ねるだろ)


 窓を開けて手すりにゆっくり足をかける。飛び出そうとしたその時、ふと頭に母の顔がよぎった。


 母にいってきますが言えなかった。


 状況が状況であれば些細な事だと笑われる事かもしれない。だが、今の守には大事な事のように思えた。


(死ぬだけならばいつでも死ねる。それに最期は母のところで死ぬのもありかもしれない……)


 今、ゾンビになっているのは母に噛まれたからだ。もう一度噛まれたら……? 抵抗しないで最期を迎えたい。守はそう思い、手すりにかけていた足を下ろし、ゆっくりとドアに向かって歩きだした。


 なんとかベッドをどかし、ドアを開ける。とりあえずその場に母はいない。階段を一段、一段降りていくとそこに母の姿があった。まだこちらに気付いていないようだ。


「ア……ガ……ッ」


(まともに声もかけられないのか)


「グガッ!?」


 母を見つけた事で油断したのか、階段から足を踏み外してしまった。バタンバタンと大きな音を出しながら転がり落ちてしまう。


 幸いにもゾンビであった為? か痛みはほとんどなかった。落ちた感触程度だ。だが、これだけの物音、母には気付かれてしまっただろう。


 身体が重いのもあって中々動き出せず、もたもたしている。だが、その間に襲われる事はなかった。予想外の状況に恐る恐る見上げてみると、母は、ただぼーっとこちらを見てきているだけだった。


(そうか! 俺はもうゾンビなんだから襲われないのか)


 今更ながら気付いた発見だった。よく考えたら外にいるゾンビ達だってお互いを襲ってないのだから当たり前だ。


(待てよ? ゾンビに襲われないって事は――――)


 誰よりもるぅを守る事が容易になる。なんたってこちらが襲われる心配がないのだから。


 ここで守の心が揺れた。死んで幼馴染に襲い掛かる可能性を潰すべきか、今の立場を活用して幼馴染を守るべきか。


 暫く葛藤かっとうしたのち、守はゆっくりと立ち上がる。そして歩き出した。


 外へ向かって。


 守は、幼馴染を守る為に戦う事を選んだのだ。ふと、後ろを振り向く。そこには変わらずぼーっとこちらを見ている母の姿。


(いってきます)


 今度こそ、言えた言葉。そして、それは母と今生のお別れを覚悟した言葉だった。


 ふと、母の表情が優しくなったように見えた。それはもしかしたら幻覚だったのかもしれない。だが、この時の守にはそう見えたのだ。


 再び前を向いて歩きだす。まだ早く歩く事は出来ない。だが、一歩ずつ、新たなる決意を胸に歩き出す。


 玄関のドアノブに手をかける。ドアノブがとても軽く感じた。そしてそのまま外へ出て空を見上げると、そこには雲一つない晴天が広がっているのだった。


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