第10話 料理三昧
翌朝。目を覚ますと、目の前にはのジルの顔があった。しゃがみこんで俺の顔を覗いているようだった。俺はジルの顔を見つめる。
長いまつげに、すっと通った鼻筋。瞳は青空のように澄んで煌めいている。そして、うっすらと開いた唇から漏れるのは規則正しい呼吸だった。
「おはよう。どうした?」
俺は耐えかねて尋ねる。
「なんでもないわ」
ジルはそう言うと立ち上がって、レイシーの方へ向かった。レイシーはどうやら朝食の準備をしているようだった。
俺がボーッとしていると、ジルが再び戻ってきた。
「ご飯、できたってさ」
「そうか。なら起きる」
俺は起き上がると伸びをした。昨日は疲れていたせいもあってよく眠れた気がする。
「おお!美味そうだな」
簡易的な机に並ぶ料理を見て思わず声が出た。
ベーコンエッグにサラダ、パンなど一般的なメニューだ。そしてなによりスープがいい匂いを漂わせていて食欲を刺激する。相変わらず、贅沢な逃避行だ。
「具材はどこで?」
「王城の食料庫からな。インベントリにはまだたくさんあるぞ」
「でかした」
俺はレイシーに向けてサムズアップをすると、考える。そうか。インベントリ内は時間が凍結されるのか。確かに、ゲームでは樹の実とか携帯食料とかのアイテムには消費期限なかったしな。ただ、生き物は入れることができないのはこの世界も同様らしい。
「さぁ、食べてくれ!」
レイシーの声とともに俺たちは食事をはじめる。うん。普通に美味い。いや、普通は失礼だな。めちゃくちゃ美味い。前世で一般的な食事が制限されていたのもあるが、これは頬が緩む。やっぱり温かい飯が一番だよな。
食事を終えると俺たちはすぐに出発することにした。昨日の今日だしな。
ちなみに、俺が寝ている間に二人は湯浴みをしたらしい。なんかちょっと恥ずかしいな。
◆
それから俺たちはひたすらトウカイドウを西へと進んでいく。先ずは関所を通ってイズノクニに入らなければならない。
俺は道中のモンスターも難なく倒せるようになった。この辺りの敵の強さ的にはレベル20前後といったところだろうか。レベル20を越える俺と、国に仕えていた騎士レイシーにとっては朝飯前だった。
そんなこんなで三時間ほど馬車で進み、日がてっぺんに昇った頃だった。
「あそこじゃない?」
ジルが指差す方向には大きな門がある。あれが関所だろう。
「ああ、多分そうだ」
「やっと着いたね!」
「お腹空いたな……」
三者三様の反応を見せる。レイシーなんて空腹なのか今にも倒れそうなくらいフラフラしている。
俺たちは関所前の通りにある店で飯を食うことにした。昼時ということもあり結構混んでいた。
店に入ると店員さんがすぐにやって来た。
「何名ですかー?って、え!?」
店員さんは驚いた表情をして固まってしまった。まずい、王女ってバレたか?
「あ、すみません! つい見惚れてしまいまして」
「は、はい?」
店員の女は頬を軽く朱に染めている。うーん。確かにこのキャラのデザインはネットとかでも好評な程の美型で、正直、決まっているとは思う。だが、こうも直球に反応されると、不思議な気分だ。
「し、失礼しました。お席へご案内しますね!」
どうやら王女のことは気づいてないみたいだ。まぁそうか、普通の旅人の格好してるしな。とりあえず助かった……のか? 俺たちは席について注文をする。メニュー表には様々な料理名が書いてあるが、正直何を頼めばいいかさっぱりわからない。
「これ食べたいなー!」
「私はこれだな」
女子二人はもう決まったようだ。ジル王女は双眸をキラキラと輝かせている。きっとこういう店に来るのも初めてなんだろう。その証拠に、メニューを決め終えると、物珍しそうに店内を見回していた。
「あ、注文お願いします」
「かしこまりました!」
俺はジルとレイシーに目配せする。
「これが食べたいです!」
「では、私はこれと、これを」
「かしこまりました!」
二人とも無事に決めたらしい。次は俺の番だ。
「オススメってありますか?」
「オススメですね!こちら当店のオススメとなっております!」
「本日のジビエ、か。では、これで」
「かしこまりました!」
元気よく返事をした店員さんは厨房の方へと消えていった。
「楽しみだねー!」
「うん、どんな料理なんだろう」
二人とも早く食べたいようでソワソワしている。さっきまでフラフラとしていたレイシーも、今はピンッと背筋を伸ばして座っている。レイシーはきっと食べることが好きなんだろう。
「お待たせいたしました!」
しばらくすると店員さんが料理を持ってきてくれた。皿の上には綺麗に盛り付けられた肉や野菜などが乗っていて、とても美味しそうだ。
「わー!すごい!」
ジルが歓喜する。レイシーも感心した様子で皿の上を見つめていた。
「ごゆっくりお召し上がりくださいませ!」
店員さんが去ると同時にレイシーがナイフとフォークを手に取り、勢い良く口に運ぶ。
「うん。これはうまい!」
幸せそうな顔を浮かべながらどんどん口の中に料理を頬張る。レイシーはよっぽどお腹が減ってたんだろうな……。
「本当に美味しいね」
ジルもレイシーと同じように食事を楽しんでいる。俺も本日のジビエを食べるとするか。
「いただきます」
一口サイズに切った肉を口に運んでみる。
「……!?」
なんだこれ。めちゃくちゃ美味いぞ!
こんなに柔らかい肉は初めてだ。
「美味い!!」
思わず声に出してしまった。ソースもニンニクの香りが控えめでありながら、肉とマッチしている。こんなにも美味いものを食べたのは生まれて初めてかもしれない。
俺の呟きにレイシーとジルも頷いた。
「あぁ。美味い」
「王城で出る肉とは違った美味しさがあるわね」
その後も俺たちは楽しく談笑しながら昼食を終えた。こんなに楽しい会食は初めてかもしれない。前世では、あまり良い思い出がなかったからな。嬉しくて、俺は少し涙ぐましくなる。
「セカイ殿。どうかしたか?」
「あ、いや。なんでもないよ」
レイシーが気遣ってくれた。俺は首を振って応える。
「ごちそうさまでしたー!」
ジルが満足げに手を合わせる。結局、三人とも全ての料理を綺麗に平らげた。会計は俺が払うことになった。まぁ、お金はまだたくさんあるからな。
店を出る。昼下りの日差しを受けて、俺は確信した。この世界は最高だと。
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