第二章 革命前夜編
第9話 憧れ
月光だけが辺りを照らす夜の森で、馬車から降りた俺たちは焚き火を囲んで話していた。
「とりあえずだ。当面の目標はこの国を出ることなんだが、今のままだと確実に関所で引っかかる。何か方法はないか?」
俺はそう言って皆の顔を見渡す。
するとレイシーが手を上げた。
「あの……私の魔法を使えばいいのではないか? 透明化の魔法なら誰にも気付かれないかと」
「透明化の魔法ね」
「あぁ。どうだろうか?」
確かにレイシーの言う通りだ。透明化で関所をこっそりと抜けるという方法は有効かもしれない。俺だって透明化の魔法のことは考えた。しかし、それではダメなのだ。
「いや、やめとこう。俺も最初はその案を考えたんだけどな。でも、恐らく透明化では見つかってしまう」
「何故なの?」
ジル王女が首を傾げる。
「関所には魔力検知の魔道具があるからだ。あれには特殊な装置を使っていて、人間の魔力に反応するようになってたはずだ。だから透明化したままこの国から出ようとしてもバレてしまう可能性が高い」
ゲームではそういう設定だった。異国から不法に盗賊などが入らないようにとのことだったはず。
「詳しいな」
珍しそうにレイシーが言う。俺は「まぁな」と応えて、ジルの方を見る。俺の言葉を聞いたジル王女は少し考えてから口を開いた。
「じゃあ、どうすれば良いかしら……」
俺達は腕を組んで考える。すると、ジル王女が顔を上げて言った。
「ねぇ、みんなは変装したことは?」
「ん? ないけど」
「私もないな」
俺達がそう答えるとジル王女は何やら嬉しそうな顔をした。そして、自分のインベントリの中から何かを取り出して見せてきた。
それはフード付きのローブのようなもので、いかにも怪しげな雰囲気を放っているものだった。
「これはどうかな。『歴戦の冒険者風マント』よ! 私が冒険者時代に愛用していたものなの!」
ああそれ、冒険者ギルドの酒場で来ていたやつか。冒険者時代って言っても王城から抜け出してた期間って一週間もなかっただろ。そのことは俺は口には出さず、ジル王女に訊く。
「これを纏うのか?」
「ええ。でも、流石に誤魔化せないわよね」
「そうだなぁ……。逆にそんな格好してたら、顔を確認されるだろうし」
「やっぱりそうよね。他に何かないかしら……」
そう言いながらジル王女は再び考え込む。
すると今度はレイシーが手を挙げた。
「あのー、私に考えがあるのだが」
「おぉ。どんなのだ?」
「王女様を助け出した時みたいに、門番を眠らせるのはどうだ? そうすれば何も問題はない」
いや、問題あるだろ。そう言いかけたが、言い淀む。考えてみれば、確かにそれはありかもしれない。門番は賊に襲われたと思うだろうし。
「それ、ナイスアイデアだ」
「そうか?」
俺が褒めるとレイシーは少し照れたような表情を浮かべた。レイシーの案を採用することにした。ジル王女に確認を取ると彼女は笑顔で答えてくれた。
「私はそれで構わないわ。それしか方法がないなら仕方ないものね」
それに、と続けて、勝ち気にジル王女は言う。
「私の騎士は強いんだから」
どうやらジル王女はレイシーのことをかなり信頼しているようだ。良い主従関係だな。
「よし。方針は決まったことだし、そろそろ寝るか」
「そうね。そうしましょう」
「そうだな」
話がつく頃にはもう夜は更けていた。俺達三人は早速寝る準備に取り掛かった。
まず、馬車から布団を持ってきて焚き火から離れたところに敷く。布団があるとは、随分と贅沢な逃避行だなと思った。
次に馬たちの世話をする。と言っても、餌を与えて水をやるだけだ。二頭とも大人しく俺たちに従ってくれた。賢い子たちである。
最後に、見張りについてだが、ここは俺とレイシーで交代で行うことにした。レイシーには先に休んでもらい、俺が丑の刻あたりまで起きる。
時刻は星を見て判断する。レイシーに軽く星の見方を教わった。ついでに、月の見方も教えてもらった。満ち欠けと場所によって日にちと時刻を判断するらしい。
こうして、俺たちの長い一日が終わったのであった。
◆
夜中。
辺りはまだ暗く、静寂に包まれていた。
そんな中、俺とレイシーは二人で焚き火の側に座っていた。レイシーは上手く眠れないのだという。
「なあ、レイシー」
俺は隣に座っているレイシーに話しかけた。
「なんだ?」
「俺さ、お前にずっと聞きたいことがあったんだよ」
「ん? 何を聞きたかったのだ」
「いや、大したことじゃないんだけど」
俺がそう言うとレイシーは首を傾げる。
「そうなのか?」
「うん。まぁ、ただの興味本位だよ」
「そうか」
「で、その質問なんだけど」
「うむ」
「どうしてレイシーは騎士になったんだ?」
俺がそう聞くとレイシーは少し黙った。それから、ゆっくりと口を開く。
「憧れだったからかな」
「憧れか。いいな」
憧れ。俺はその言葉の意味を痛いほど知っている。どれだけ、世界一位を憧れたか。そのためにどれだけ努力してきたか。
「だが。私は騎士になりたかった訳ではなかったんだ。ジル様を守ることができればよかったんだ。それに気付けたのも、セカイ殿がいたからだ」
そう言って微笑む彼女は美しかった。俺とレイシーの目が合う。レイシーの透き通るように蒼い瞳は俺の目を見つめている。
「そうだ、そろそろ見張り交代しようか」
目をそらしながらレイシーは誤魔化すようにそう言った。
「お、おう。じゃあ寝てくるわ」
「ああ。おやすみ」
「おやすみ」
俺は重い腰を上げると、布団のもとまで向かった。布団。二つしかないんだよな。仕方なく俺はジル王女の寝ていない方の布団で寝ることにした。その布団は甘い匂いがした。
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