第8話 さぁ、行こう。まだ見ぬセカイへ

 翌朝、起きるとレイシーは既に起きているようだった。別に昨夜なにがあったわけでは無いが、彼女と一緒に寝たんだったか。


「え?」


 俺は思わず目を見張った。


「レイシー?どうしたんだ、その髪」


 彼女の綺麗な長髪が、短くなっていたのだ。肩にかかるくらいの長さだ。


「ああ……これか。覚悟を決めたんだ」


 彼女は困ったように笑う。


「そうなのか」


 俺は言い淀む。

 俺のせいだろうか?

 俺のせいで彼女が髪を切ってしまったのか?


「昨日はすまなかった。お前の言う通り、私は自分が嫌になるほど臆病者だ」


 彼女は自嘲するように呟く。


「でも、もう決めたんだ。いつまでもうじうじしている場合ではないからな。私は王女のために偽りを捨てることにしたんだ」

「そうか……。だが、その髪型、似合ってるぞ」

「本当か?」


 俺が髪型を褒めると、そう言ってレイシーは照れを隠すように含み笑いをする。


「もちろんだとも」


 嘘ではなかった。正直言ってかなり可愛いと思う。


「ありがとう……」

「礼を言われることじゃないさ」

「いや、それでも言わせてくれ。私にとっては勇気を出す大きな一歩だからな」

「そうか……。まぁ、なんだ。改めてよろしくな」



 ◆


「いいぞ」


 俺はレイシーに案内されて王城に忍び込む。ジル王女は、城の一室に軟禁されているという。


「……大丈夫か? これ」


 俺はレイシーに続いてズカズカと王城を進む。


「なにがだ?」

「いや、王族の警備とかさ」

「あぁ。まぁ、大丈夫だろう。ここは王家の居城ではあるが、一度入れば警備は薄まる」

「ふーん。まぁ、いいけどさ」

「それに堂々としていれば怪しまれることはない」


 それでいいのかよ、と俺は思ったが、実際、通り過ぎる召使いや高貴そうな人たちは、あまり周りを見ている様子ではなかった。レイシーは小声で言う。


「王女が見つかって気が緩んでいるのだ」


 そのまましばらく堂々と王城を行く。


「あれだ」


 廊下の曲がり角で止まる。顔を出してみると、ある扉の前に二人の警備が立っていた。


「私が相手をする」

「あぁ、分かった」


 俺は緊張していた。だが、なに。世界大会オリエンスの決闘場での緊張感と比べたら屁でもない。


「……」


 レイシーは無言で警備に近づく。


「あ。レイシー殿。どうかされましたか?」

「二人とも、ちょっと後ろを向いてくれるか?」

「え、ええ。いいですけど――」


 そして、レイシーは後ろから二人の口を用意していた布で塞いで意識を奪った。手際が良い。


「よし。では行こう」

「騎士はこんなこともするのか?」

「まぁな。これは暗殺術の基礎だよ」


 見張りを昏倒させた後は特に問題なく、部屋の扉の前に立つ。扉を開けて中に入ると、そこには一人の少女がいた。


「あ、あなたは!」


本を読んでいた少女は、顔を上げて俺を見ると、声を上げた。驚きを隠せないようだった。


「久しぶり」

「久しぶり、じゃないわよ! それにレイシーまで。 なんでここに――」


俺はジルの元まで歩み寄って手を差し出す。


「救いに来たぞジル!さぁ、行くぞ」

「ジル王女。行きましょう」


 俺はジル王女の手を掴むと足早に部屋を出る。


「ちょっ、待ってよ!」


 ジル王女は困惑しながらも付いてくる。


「どこに行くの!?」

「まずはこの国から離れる。そこで今後の身の振り方を考えるんだ」

「ど、どうして!? どうしてあなたが……」

「それは後だ。今は王城を抜け出すぞ」


 レイシーは王城の裏門まで俺らを導く。その頃には王城内から慌ただしい声が聞こえてきていた。きっと王女が消えたことが発覚したのだろう。


 裏門には馬車が用意されていた。一人の男がいる。これが協力者か。


「ありがとう、騎士長」


 レイシーはその男に頭を下げた。


「なに、毒を食らわば皿までだ。後のことはどうにかしておく。行け、レイシー。王女のことは頼んだぞ」

「は!」


 騎士長と呼ばれた男は今度は王女の方を見てから地面に跪く。


「ジル王女。どうかご無事で」

「ありがとう、アルフォンス。きっと有名な冒険者になって帰ってくるわ」

「はは。それは楽しみでございます」


 そして最後にアルフォンス騎士長は俺を見た。歴戦の騎士といった顔は優しくもあり、恐ろしくもあった。


「話はレイシーから聞いておる。王女を頼んだぞ」

「はい。分かってます」

「なんだ。……お前とはまた会うような気がするな」

「はい?」

「なんでもない。じゃあな」


 そう言って騎士長は王城の方へと去って行った。俺とジル王女は馬車に乗り込む。レイシーが馬の手綱を握る。


「行くぞ」


 レイシーが呟くと、馬車が進みだした。車輪の回る音が、やけに月夜に響いていた。






【第一章 お忍びの姫編】ー完ー

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