第4話 王女釣り

 サトウベーカリーのおっちゃんと別れた俺は、ギルドの中の依頼掲示板の方に向かうことにした。


 しかし、依頼掲示板に貼られている依頼書を見てもいまいちどんな物があるのか分からなかった。ゲームみたいに見やすくないし、字は読めるけど、どれも汚い。


 まぁ、いいか。冒険者登録したのはこれが目的ではないからな。


 俺は隣接する酒場のカウンターへと向かう。そしてフードを深く被る女の隣に座った。


「あら。ナンパかしら」


 凛とした声だった。


「いや。パーティーメンバー探しだ」

「私、ソロなの。他をあたって」


「ジル・ジント・サガミノ」


 俺は女以外に聞こえない音量の声でその名前を言った。


「な、なぜ? なぜ知っているの?」

「俺は鑑定眼を持っている」

「は、ハッタリよ。だって……」

「隠蔽しているから、か。だが、俺の鑑定眼は特別でね。なんでも見通せるんだ」


 もちろんハッタリである。

 だが、女は動揺する。


「何が目的? まさか城の者?」

「いや、違う」

「それじゃあ――」

「言っただろう。パーティーメンバー探しだと」


 女はキョトンとする。


「俺は特別な鑑定眼を持っている。だから分かるんだ。お前の隠された才能もな」

「才能……。やっぱり」

「どうか、俺とパーティーを組まないか?」


 俺は右手を差し出す。女は逡巡するも、諦めたかのようにため息を吐いた。


「分かったわ。それに、正体を知っているあなたを野放しにできないもの」


 そう呟くと、ジルは俺の手を握り返した。


「よろしく。ジル」

「ええ。あなたの名前は?」

「俺はセカイだ」

「そう。よろしく、セカイ」


 フードから覗く瞳は、とても美しく輝いていた。



 ◆


 宿屋の一室で、俺はジルと話していた。


「それでね。子どもの頃から冒険者になるのが夢だったのよ」

「いいね」

「本当はさ。本の中の冒険者みたいにパーティーを組みたかったんだけど、怖くて。ほら、身バレしたらだめでしょ?」

「うん。そう言えばどうやって抜け出したの?」

「それは、隠し通路をこっそり。隠し通路って古いから案外知られてないのよ」

「へー」


 俺はジルの話に相槌を打って、質問してを繰り返す。案外心を開くと話好きなんだな。まぁ、そりゃそうだろう。冒険者に憧れるくらいなんだから。


「俺、そろそろ夕飯買ってくるよ」

「分かったわ」


 俺は部屋を出る。全て計画通りだ。



 ◆



 宿屋から出ると、俺は街を大慌てで見回りしていた女騎士に話しかける。


「あの。すみません」

「なんだ、君。今はかまっている余裕はないんだ」


 女騎士は無視して先を行こうとする。


「王女見つけましたよ?」

「それは本当か!」


 先程までの素っ気ない態度とは打って変わった様子だ。俺は「ええ」と頷いて応えた。


「王女は無事か!? 今はどこに?」

「それより、報酬はちゃんと支払われるのですよね?」

「ああ。もちろん。だが、君。もし嘘だったら死刑もありえるぞ? 本当に王女なのか?」

「ええ。神に誓って」



 ◆



「ただいま、ジル。お客さんがいるんだけど」


 そう言って俺は宿屋の一室のドアを開けた。


「お客さん? 誰?」

「ジル王女! ご無事で!」


 外で待っていた女騎士は、俺の横を通ってジルの元まで駆けつけた。


「もしかしてセカイ!」


 ジルは俺を睨みながら悲痛な声を上げる。忽ちに部屋を騎士たちが埋め尽くした。


「あなた、騙したのね」

「すまない。だが、こうするのが君のためだ」


 本当は金のためだ。だけど、国は王女が行方不明となって困っているわけで、俺、悪くはないと思うんだ。うん。誰も悪くない。


「嘘ではなかったんだな。報酬の一億圓が支払われる。王城まで付いてきてくれるか?」


 女騎士が俺に告げる。よし。計画通りだ。


「絶対いつか後悔させてやるんだから!」


 ジルは騎士達に連れられながらそう言い残して部屋から消えていった。とても悔しそうな顔をしていた。せっかくの美貌が台無しだ。


 この部屋。ジルの払った金であと一週間泊まれるんだよな。


「正直すまんかった」


 俺はジルが消えていった扉に向かって誠意を込めてお辞儀をするのだった。



 ◆



「これで一億圓だ」


 俺の目の前には金貨の山がある。俺はそれを空っぽだった自身のインベントリに仕舞っていく。インベントリはゲーム内と似ていて、基本的に生き物以外は中に入れることができる異次元ポケットのようなものだ。


 満たされていくインベントリだったが、同時に俺は何かを失っている気がした。


「セカイ殿は新人の冒険者か?」

「あぁ。そうだけど」


 インベントリに一億圓を入れ終わると、女騎士が訊いてきた。


「ふむ。私は今回の手柄で昇格することになったのだが、君の功績と言っても過言ではない。そこで何かお礼をしたいのだが」

「お礼?」

「あぁ。なんでもいいぞ」


 なんでも? なんでもって、なんでもだよな?

 この人、とても律儀そうだし、借りは返したいのだろうが、そうか……。なんでもか……。


「じゃあ、一つお願いがある」

「なんだ?」


 やっぱりこのままじゃ良くないよな。

 俺は、女騎士に願いを告げるのだった。



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