第25話 信仰

「じゃあそろそろ眠っててくれ」


 聞くべきことを全て聞いた俺は、自称『神の目』の持ち主に手刀を放つ。

 目にも留まらぬ速さの手刀。それが首に直撃したこいつはぐるんと白目をむいて気絶する。


 本当に神の目の持ち主であれば目で追うくらいは出来ただろうに。


「さて、リンはそろそろエルフ達を解放し終わったかな?」


 確認するため階段を降りる。

 すると一階には既に多くのエルフが集まっていた。牢にいた時はついていた手枷や足枷もなくなっている。どうやらリンが全部外してくれたみたいだ。


「そっちも終わったみたいだな」

「リック様! お申し付けの通り、全てのエルフの解放を済ませておきました!」

「お、おう。ご苦労さま」


 圧が強い。

 褒めて褒めてと尻尾を振る大型犬みたいだ。

 昔は上手くクールを装っていたけど、心の内を暴かれてからは好意を隠さなくなってきたな……。


 大型犬リンを適当にあしらった俺はエルフ達の方に目を向ける。

 すると彼らは俺に対して膝をついてこうべを垂れる。


 ど、どうしたんだ?


「我らを解放していただき誠にありがとうございます。このご恩、決して忘れません」


 囚われていたエルフの中の一人、精悍なエルフの男がそう言ってくる。

 このエルフが囚われていたエルフたちの中心人物のようだ。


 それはいいんだが……なんでエルフたちはそんなに俺を慕っているんだ? 膝をついているエルフたちはみんな俺を尊敬の眼差しで見つめている。

 確かに救ったのは事実だけど、急にこんなに慕われるものだろうか。


 考えた俺はある答えに思い至る。

 そうだ。こんなことになって喜ぶのは一人しかいない。


「リン、お前彼らに何か吹き込んだか?」


 そう尋ねると、リンはドヤ顔で答える。


「はい。彼らにはどれだけリック様が素晴らしい方なのかを布教いたしました」

「……やっぱりお前の仕業か」


 はあ、とため息をつく。

 悪気がないからタチが悪い。


 普段であればエルフ達もそんな話をまともに聞くことはないだろうが、捕まったところを助けられたのだから信じてしまうだろう。

 彼らの目にきっと俺が英雄ヒーローにでも見えているんだろうな。


「あー、そんなにかしこまらなくていいぞ。これくらい……そう、大した事じゃないからな」

「リック様、やはり貴方はリン殿の言う通りのお方です。強く、慈悲に溢れ、その上謙虚であらせられるとは……!」


 感激した様子でエルフの男が言う。

 歳は俺より少し上くらいだろうか。他のエルフ達に頼られている感じがあるので、このエルフが捕まっていたエルフ達のリーダー格のようだ。


「お前は……」

「私はリト村の族長、ルカスと申します。リック様の八面六臂のご活躍、聞かせていただきました。貴方こそ我らの希望の光です……!」



 ルカスの目に光るものが浮かぶ。

 気づけば他のエルフ達も感動して涙を流している。


 ……これはもうお手上げだ。手の施しようがない。

エルフ達の目を覚まさせるのはひとまず後回しだ。今は目先のことを決めるとしよう。


「自由の身になったところ申し訳ないんだが、捕まっていたエルフの中で一人、ここに残ってほしいんだ」

「それは……なぜでしょうか」


 ルカスが警戒した様子で尋ねてくる。

 せっかく村に帰れると思っていたところでこんなことを言われたら警戒するのも当然だ。


「今回の一件は王国に報告される。その時に捕まったエルフが実際に証言してくれると犯人を捕まえる決定的な証拠になる」


 今のままでも証拠はたんまりあるが、相手はたくさんの悪事に身を染めてきた人物。もしかしたら逃げ切られることもあるかもしれない。

 証拠ぶきは多ければ多いほどいい。


「無理なことを言っているのは承知だ。もちろん断ってくれても構わな……」


 と、そこまで言ったところで、ルカスが手を挙げる。

 その表情には強い決意が見て取れた。


「リック様、その役目私が果たします」

「……いいのか?」


 そう尋ねると、エルフの男はこくりと頷く。

 どうやら覚悟は決まっているみたいだ。


「私の身一つで犯人を捕まえられるなら安いものです。その代わり……同胞達は必ず村に帰してやって下さい」

「当然だ。必ず帰すと約束する」


 ルカスと約束をした俺は、エルフ達を連れて外に出る。

 長かった夜もようやく終りを迎えられそうだ。

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