第26話 ご褒美

 王都での戦いが終わった俺は、リリアとヨルと共に自宅へと帰った。


 後から聞いた話だけど、リンやマーガレット姉さん、エルフのルカスのおかげで、エルフ達を奴隷にしていたデズモンド伯爵は捕まったみたいだ。


 その伯爵は言い逃れをして逃げ切ろうと思ったみたいだけど、こちらには証拠がたんまりある。実際に捕まったエルフの証言もあるし、王族の後ろ盾もあったおかげでそれ程捕まえることに苦労はしなかったみたいだ。


 これにて一件落着。わざわざ王都に戻った甲斐があったものだ。

 それはいい、それはいいのだけど……


「むふー」

「あの、ヨルさん? いつまで乗ってらっしゃるのですか?」


 帰ってきてからというもの、ヨルがずっとべったりくっついてきて離れない。

 今もソファに座っている俺の膝の上に座っている。


 それだけじゃなくて時折俺の胸に頭を擦り付けたりしてくる。その度にほのかにいい匂いがして非常に悶々とした気持ちになる。勘弁してほしい。


「私はたくさん頑張った。これくらい許されるべき」

「いや、帰った後たくさん褒めたよね?」


 ヨルは王都での戦いで、なんか強い爺さんを倒したらしい。

 一緒にいたエルフ達では到底勝てないほどの強敵だったらしいので、俺はよくやったとヨルを褒めた。しかしそれだけじゃ足りなかったみたいでご褒美を要求される。


 困っていると、ヨルは上目遣いで尋ねてくる。


「……いや?」

「いや、嫌なわけじゃないけど、ほら、そうだ、俺も頑張ったんだからヨルだけご褒美をもらうのは不公平だろ?」


 これは我ながらいい言い訳だ。

 あの日、俺は一番活躍したはずだ。屋敷の中に入って結構な人数を倒したし、神の目を騙る変な奴も倒した。奴隷商売の証拠を見つけたし、これは活躍したと言っても自惚れではないはずだ。


「ん、確かに一理ある。リックも頑張った」


 お、いい感触だ。

 これで俺も解放されるかもしれない。


「じゃあ私がご褒美をあげる」

「……ん?」


 嫌な予感がした俺は、立ち上がろうとする。

 しかしヨルは吸血鬼の速さを活かし、素早くご褒美を行使してくる。


「……ちゅ」


 唇に触れる、優しい感触。

 なんとヨルは大胆にも俺の唇を奪ってきた。緊張しているのか、その表情は少しこわばっている。


 まさかの展開に驚き、硬直しているとヨルはゆっくりと唇を離し、俺のことをジッと見つめてくる。その視線には親愛以上のものを感じた。


「どう? ご褒美になった?」


 平静を装ってはいるが、ヨルの耳は真っ赤になっている。お前が恥ずかしがっているんじゃないか。

 なんだか気の抜けた俺は、ぽすっとヨルの頭に手を乗せる。


「ああ、充分なったよ」


 そう言うと、ヨルは乗せた手をつかんで頬を寄せる。

 猫みたいな奴だ、そう思っていると。


「よ、ヨルちゃん! い、いいい今! ちゅーしませんでしたか!?」


 少し離れたところにいたリリアが大きな声を出す。

 どうやら一連の行為をばっちり目撃していたみたいだ。


「ひどいです! 抜けがけです!」

「……勝負の世界は非常。リリアが悪い」

「目を見て下さい! ほらこっちです!」


 楽しそうに騒ぐ二人。

 色々会ったけどまたいつもの日常に戻れそうだな。



◇ ◇ ◇



 リックの故郷、アガスティア王国の北には荒涼とした大地が広がっている。

 その土地には、獣人を中心とした亜人種たちの国、『亜人種連合国』があり、アガスティア王国とは長年小競り合いを起こしている。


 人間と亜人種たちは仲が悪いため、王国から北へ通じる道を通る者は少ない。

 王国兵士や傭兵のみで、商人は滅多に寄り付かない。


 そんな寂しい道を歩く、一人の人物がいた。

 全身に紅色の甲冑を身にまとったその人物の顔を見ることは出来ない。


 もっとも目につくのはその高そうな鎧だが、背格好も非常に目を引く。

 その人物の身長は子どもくらいしかなかったのだ。百四十センチ程度であろうか、子どもが背伸びして鎧を着ているようにしか見えない。

 しかしその佇まい。そして立ち振舞いは歴戦の戦士のそれであった。


 だがそれを看破できる者は少ない。

 今回その人物に目をつけた二人組の目に、それは備わっていなかったみたいだ。


「止まれ」


 突然出てきた二人組の男に呼び止められ、紅甲冑の人物は止まる。

 呼び止めた男たちは追い剥ぎのようだった。汚い身なりに、あまり手入れされていない武器。明らかに戦士の面構えではない。


 どうやらこの道を通る傷ついた戦士を狙っている者のようだ。


「その甲冑、高く売れそうだな。置いてってくれよ」

「ああ、そうすれば命だけは助けてやるよ」


 ニタニタと笑いながら二人の盗賊は言う。

 それを見た紅甲冑の人物は口を開く。


「王都の側にこんなチンピラが現れるようでは、アガスティア王国も終わりかもな」


 その声は高く、凛としていた。

 どうやら甲冑の人物は女性みたいだ。


 思わぬ商品価値があったと、二人の盗賊はほくそ笑む。どうやら外側だけでなく中身も高値で売りさばけそうだ、と。


「ほら、そんな物騒な物はこっちに渡しな」


 相手が女性と知り、盗賊の警戒はすっかり緩んでいた。

 女性が持っているのは大型の騎槍ランス。重く、振り回すことに不向きな騎槍ランスは、馬上で使うことを前提とした作りとなっている。

 しかしその人物は馬を連れていなかった。少しでも戦に詳しいものであれば違和感を覚えるが、ただの追い剥ぎである二人はそのようなこと少しも思い当たらなかった。


「……近寄るな、屑が」


 紅甲冑の女性はつまらなそうにそう言うと、騎槍ランスを横に振るう。

 かなりの重量を持つ騎槍ランスだが、彼女はそれを軽々と扱ってみせた。物凄い速さで振るわれたそれは、近づいてきた盗賊の腹部に命中し、彼を枯れ葉のように吹き飛ばしてしまう。


「があ……っ!?」


 数メートル宙を待った男は、地面に落下し気を失う。

 騎槍ランスは刺すことに特化した槍であり、側面で叩いた所で斬れはしない。


 しかしそれでも巨大な鉄の塊で殴られたようなものであり、その威力は凄まじい。男はしばらく指を動かすことすら出来なくなった。


「ひ……!」


 仲間がやられ、もう一人の盗賊は怯えたような声を出す。

 相手は自分よりずっと小さい女性。それなのに男には相手がかなり恐ろしい相手に感じた。



 紅甲冑の女性は、ゆっくりと盗賊に近づきながら、尋ねる。


「貴様を屠る前に、一つ聞いておこう。王都にいたリッカード殿下の情報をなにか知らないか」

「し、知りません! それに、そもそもあの王子は処刑され……」

「リックが殺されるわけないだろう!」

「ひいっ! ごめんさい!」


 ものすごい剣幕で怒鳴られ、盗賊はしゃがみ込み命乞いをする。

 はあ、はあ、と肩で息をする紅甲冑の女性。


「……分かった。じゃあ『魔の森』と呼ばれる場所を教えろ」

「死の森……ああ、パスキアの大森林のことですか。それでしたらあちらの方向です」

「ふむ、あっちか」


 彼女は進路を調整し、歩き出す。


「必ず見つけるぞリック。そして私とかわした約束、絶対に果たしてもらうからな」


 その言葉には強い『想い』が込められていた。

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