第23話 夜が来る
――――その頃、商館内。
「ぐ……こんな物……!」
「無駄だァ。上級魔法から逃れることは出来ないィ……!」
リンは必死に身をよじり、自分を縛る鎖の魔法から逃れようとするが、鎖は彼女の肌に強く食い込んでおり緩む様子はない。
鎖の縛りがキツくなるごとに、服がめくれ彼女の肢体が晒される。胸元やお尻も強調される形となり、それを見るものの劣情を煽る。
「すげえ体してんな……」
ごくり、とミハイドは喉を鳴らす。
女癖が悪く、頻繁に女性を取っ替え引っ替えしていた彼だが、これほどまでに興奮する女性に出会ったのは初であった。
気の強い女を屈服させることに何よりの
長い夜になりそうだ。
ミハイドは舌なめずりをしながらゆっくりと手を伸ばすが、それは途中で止まる。
ことり。
闇が支配する室内に、足音がひとつ小さく響いた。
それを聞いたミハイドは何事かと振り返る。
そこにいたのは――――まるで夜を具現化したかのような黒い装束に身を包んだ、黒髪の青年であった。
「うるさいから何事かと思ったら……来てよかったな」
「――――っ!」
声を聞いただけで、ミハイドは足がすくみ心が臆す。
そこそこ死線は潜り抜けてきたと自負するミハイドだが、過去これほどの『恐怖』を感じたことはなかった。
まるでナイフの腹で心臓をなでられているような……そんな冷たく恐ろしい感覚であった。
「く、来るな!」
現れた謎の人物に短剣の切っ先を向けるミハイド。
しかしその男はそんなこと意に介さずすたすたと歩いてくる。
「お、脅しじゃねえぞ……!」
意を決し、ミハイドはその男の胸元めがけ短剣を突き出す。
しかしその一撃はむなしく空を切る。
無駄のない見事な回避。ミハイドはまるでその人物が自分の体をすり抜けたかのような感覚を覚える。
「ずいぶん派手にやられたみたいだな。すごい格好してるぞ」
「うう……お恥ずかしい限りです……」
そう言うリンの頬は赤く、瞳は湿度を帯びている。
思いを寄せる主人に痴態を見られた恥ずかしさはある。だがそれを上回る感動と快感を彼女は感じていた。
「よっと」
その人物、リックはリンの体に巻きつく鎖を掴むと、素手で引きちぎり破壊してしまう。
それを見たミハイドは絶句する。魔法でならまだしも、素手で上級魔法を破壊するなど聞いたことがなかった。
鎖から解き放たれ、自由の身となったリンは倒れそうになるがリックが抱きかかえる様に受け止める。
「大丈夫か?」
「はい……♡」
リックの胸に顔を埋めながら、リンは甘い声で返事をする。
大丈夫そうだなと思ったリックは彼女を廊下に下ろすと、ミハイドに向き直る。
「俺の仲間がずいぶん世話になったみたいだな。ここからは俺が相手だ」
「な、舐めるなよ……一人増えたところで変わりはしない!」
二本の短剣を縦横無尽に振り回しながら、ミハイドはリックに突っ込む。
その剣の動きは速く、とても常人の目では追いきれない。
「神の目の持ち主にのみ許された神速の剣技、貴様に見切れるか!?」
目の前で高速で振り回される短剣。
リックはそれをジッと見つめる。
勝負を諦めたか――――そう思ったミハイドは刃をリックの首めがけて振るう。
しかしその攻撃はリックに当たる直前で、止まる。
「な……!?」
リックは短剣が当たる直前で、ミハイドの両手首を掴んでいた。
万力の如き力で掴まれているミハイドの手は、その場からピクリとも動かない。
思わぬ反撃に焦るミハイド。その額には汗が浮かぶ。
そんな彼をリックは冷たい目で睨みつける。
「これが神の目だって? つまらない
神の目の名前を出され、リックは一瞬だけ動揺したが、すぐに落ち着きを取り戻した。
神の目による技がこの程度のものではないと彼が一番理解していたからだ。
「――――【鑑定】」
リックはミハイドを【鑑定】し、そのスキルを確認する。
そこに書かれていたのは【千里眼】というスキルであった。視力を強化し、遠くを視ることの出来る優秀なスキルだ。
しかしもちろん【神の目】には遠く及ばない、下位互換のスキルである。
「なるほど、これでエルフの村を見つけて攫っていたのか……」
リックの手に力がこもる。
手首を握られているミハイドは痛みに顔を歪める。
「クソ……手を離せ!」
ミハイドがそう言うと、なんとリックは言われた通り手を離した。
困惑するミハイドに、リックは言う。
「離してやったぞ? 次はどうする。見逃してくださいとでも言うか?」
「こ、の……!」
ミハイドは再び斬りかかるが、その一撃は下から突然生えてきた影の刃によって防がれる。
「エルフを攫っただけじゃなく、俺の仲間に手を出すなんて……こんなにキレたのは久しぶりだ……!」
瞳に強い怒りの色を浮かべるリック。
ミハイドはこの時、相手にしているのは自分より圧倒的強者なのだと、本能で理解した。
「や、やめ――――」
その言葉が紡がれるよりも早く、リックは攻撃を開始する。
影のマントが無数の拳の形を作り、四方八方から放たれる。当然ミハイドの
「
無数の拳が、顔に、胸に、腕に、足に突き刺さる。
声を発する暇もなく攻撃されたミハイドは吹き飛び、部屋の壁に激突、その壁を突き破って隣の部屋の床に無様に転がる。
「あ、が……」
ミハイドが戦闘不能になったことを確認したリックは一息つき、呟く。
「ふう、すっきりした」
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