第21話 二人目

「神の目、ですって……?」


 リンはリックが神の目の持ち主であることを知らない。

 当然そのようなスキル名は知らないため、いったいどんな能力なのかと警戒する。


「ああそうだ。俺の目は暗闇でも昼間のように明るく見ることができ、遠くのものも鮮明に見ることが出来る。あんたも中々速く動けるみたいだが……この目の前では止まって見える」


 男はニヤニヤと笑いながらリンににじり寄る。

 リンの背後には壁。逃げ場はない。


「俺は“千里眼”ミハイド・ミュラー。あんたに恨みはないが、これも仕事。捕まえさせてもらうぜ」


 舌なめずりをしながら、ミハイドは短剣を両手に二つ構える。

 堂に入った構え。リンは相手がスキルだけが強い相手ではないと確信する。


「行くぜ」


 駆けるミハイド。

 リンは手裏剣を取り出し、高速で投げる。


 放たれた手裏剣は弧を描きながら三方向から襲いかかる。

 常人であればその全てに反応することは難しいが、ミハイドはそれを容易く見極め、対処する。


「いい腕だ……俺には通じないけどな」


 手裏剣の間を縫うように動き、回避する。

 そしてリンに接近したミハイドは両手の短剣を叩きつける。


「ぐ……っ!」


 リンは短刀を取り出しその攻撃を受け止める。

 しかし筋力は相手の方が上。なんとか受け止められてはいるが、長くは持ちそうになかった。苦しい状況は続く。


「俺にここまで食い下がる相手は珍しい。マスクで半分見えないが……顔もいい。商館に渡すには惜しいな」


 ミハイドは鍔迫り合いをしながら、リンを値踏みする。

 その粘っこい視線にリンは嫌悪感をあらわにする。


「そうだ。俺の女にしてやろう。お前もクソ貴族の相手をするよりそっちの方がいいだろう? たっぷり可愛がってやるよ」

「お断り……ですっ!」


 リンは全身全霊の力を込めて、足を振り上げる。

 その一撃はミハイドの急所……股間に思い切り命中する。


「はふっ……!?」


 内蔵を直接殴られたかのような痛みがミハイドを襲う。

 だらだらと汗を流しながら苦悶の表情を浮かべるミハイド。リンはその隙を突き、今度は相手の腹部を蹴り飛ばす。


「が……っ!」


 ゴロゴロと床を転がるミハイド。手は股間を押さえている。

 一旦距離を取ることに成功したリンは呼吸を整える。なんとか危機は脱したようだ。


「き、さま……よくも……!」


 内股になりながらミハイドは立ち上がる。

 まだ少し足がぷるぷるしているが、戦う意志は残っているようだ。


「許さん。許さんぞ女ァ! たっぷりと痛めつけた後、クソ貴族に売り払ってやるからなッ!」


 怒りに燃えるミハイド。

 強い殺気と濃厚な魔力が体から漏れ出す。


上級捕縛ハイ・バインド!」


 ミハイドがそう叫ぶと、リンの足元から魔力の鎖が出現し彼女の体に巻き付き、捕縛する。

 リンは抜け出そうと体をよじるが、鎖の力は強く抜け出すことは出来ない。


「くっ、こんなもの……!」

「無駄だ。その魔法から抜け出すことは出来ない」


 じりじりとにじり寄ってくるミハイド。

 絶体絶命の状況。リンの表情にも焦りが浮かぶ。


◇ ◇ ◇


 ――――一方商館外。

 老齢の剣士ジロキチと戦っていたダークエルフたちは苦戦を強いられていた。


「思ったより粘りやしたね。よう頑張りやしたが……それもこれで終いでさあ」

「こ、の……」


 既に戦闘可能なのはレイラのみになっていた。

 しかしそのレイラも体のあちこちに切り傷を負っており、満足に動くことが困難になっていた。


 ジロキチは仕込み刀を握り、レイラに一歩、また一歩と近づいてくる。

 レイラも両手で剣を持ち迎え撃とうとするが、これまでの戦いでジロキチの剣筋を見切ることは出来ていなかった。

手負いの状況では回避することすら不可能だろう。


「少し眠ってていただきやす」


 迸る剣閃。

 もはやこれまで、レイラは負けを覚悟するが……その刀はレイラの目の前で止まる。


「……何者でござんすか」


 刀を仕舞い、後ろを振り返るジロキチ。

 そこには美しい銀髪を揺らす、一人の少女がいた。彼女の放つ殺気を感じ取り、ジロキチは止まったのだ。


「その人は私の仲間。これ以上傷つけさせない」


 銀髪の吸血鬼、ヨルは冷たい声で言い放つ。

 過去数多の化け物と戦い、勝利してきたジロキチだが、目の前の少女はそれらの化け物よりも恐ろしく感じた。


「……なるほど。貴女のような人がいるなら攻めてくることが出来たのも頷けやす」

「ふふ。それは違う」


 おかしそうに笑うヨル。

 ジロキチはそれを見て首傾げる。


「私なんてあの人に比べたら大したことはない。貴方達は知る……夜の恐ろしさを」


 月明かりに照らされながら、ヨルは妖艶な笑みを浮かべるのだった。

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