第20話 調査

「これは……違う。これも……証拠にはなりませんね」


 一人牢のある階に残ったリンは、隣の部屋に移動し、雑多に積み重なった書類に目を通していた。

 光源となるのは部屋に置いてあった古びたランプのみ。暗闇での作業は目に負担がかかるが、泣き言は言っていられない。


「必ず証拠は見つける……!」


 真剣な表情でリンは呟く。

 リックの役に立ちたい。その気持ちもあるが、彼女にはもう一つ頑張る大きな理由があった。


 リンのもう一人の主人、マーガレット王女。

 彼女は傾きつつあるこの国を救うため、毎日尽力している。


 国王の暴走による被害を最小限にとどめ、日々募る民の不安や不満に耳を傾け、必死に毎日活動している。

 そんな彼女のことを、リンは心から尊敬していた。


 王国貴族の一人ながら奴隷売買に身を染めるデズモンド伯爵の行動は、王女の活動に泥を塗るような行為だ。もしこの行いが明るみに出れば、更に民の不満は膨れ上がり暴動が起きかねない。


 そのようなことあってはならない。

 リンは必死に書類に目を通す。


「……これは」


 床に落ちていたくしゃくしゃの書類。

 それを広げて見てみると、そこには奴隷の売買相手の名前が書かれていた。どうやらゴミ箱に入れていたが、処分する際落っこちてしまいそのまま放置されていたようだ。


 商館が誰にもバレないと高をくくっていたせいで、管理体制がずさんだったようだ。

 リンは欲しかった物を手に入れ、笑みを浮かべる。


「これは役に立ちます。もう少し探してみますか」


 そう言って次の書類に手を伸ばした瞬間、カツンという足音が彼女の耳に入る。


「……!」


 息をひそめ、短刀を構える。

 リックが戻ってきたのかとも考えるが……違う。暗殺者として育てられた彼女は足音で人を判別することが出来た。近づいてくるこの足音は、主人のものとは明らかに違った。


(となると敵……見つかる前に仕留めなければ)


 足音はリンのいる部屋まで近づいて来る。

 扉の近くまで移動した彼女は、足音を聞きながら襲撃のチャンスを伺う。


(まだだ……まだ……)


ギリギリまで待ったリンは、足音が部屋のすぐ手前まで来た瞬間、動き始める。


(今!)


 姿勢を低くし、部屋から飛び出す。

 そして手にした短刀を、足音の主めがけ振るう。


 完全に虚を突いた。そう思ったが、彼女の一撃は虚しく空を斬る。


「な――――!?」


 なんと足音の主はリンの攻撃が来るのが分かっていたかのように、わずかに体を反らして回避したのだ。

 驚くリンに対して、その人物は手にした剣を振るう。


「くっ……!」


 なんとかリンはその一撃を短刀で受け止め、防御に成功する。

 奇襲に失敗した彼女は一旦後ろに下がり、距離を取る。


「……メイドが侵入してくるとは驚いた。それとも最近の泥棒はメイド服を着る流行りでもあるのかな?」


 そう喋るのは、軽薄そうな男であった。

 手には取り回しのいいショートソードを持っていて、他に武器を持っている様子はない。


 防具のたぐいも身に着けておらず、剣さえなければそこら辺にいそうな若い男だった。


 こんな男に私の奇襲が見極められたのかと、リンは苦い顔をする。

 今度は手に手裏剣を握り、高速で男に向かって投げる。


「おや、泥棒じゃなくて忍者だったか」


 男はそう軽口を言いながら、ひょいと手裏剣を回避する。

 一度ならず二度までも。リンは戦慄する。


「何度やっても無駄だぜ。俺に攻撃は当たらない」


 男はリンにゆっくりと近づきながら不敵な笑みを浮かべ、驚きの言葉を口にする。


「なぜなら俺の目は特別製。あらゆる物を見通す神様の目なんだからよ」

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