第13話 消えない灯

「はあ……」


 桃色の髪をした少女、マーガレット・アガスティアは窓から夜空を眺めながらため息をつく。

 いまだ王女という身であるが彼女はかなり国政にも関与していた。

 癒やしの力を持った『聖女』である彼女には、信徒も多くその対応にも追われている。目を通さなくてはいけない書類は一向に減らず、夜になってもその作業は続いていた。


「マーガレット様。少しお休みになられてはいかがですか?」


 彼女の侍女メイドであるリンは、湯気の立つ紅茶を彼女の前に置く。

 するとマーガレットは書類作業の時のみ付けている銀縁の眼鏡を外し、伸びをする。


「……ありがとうリン。少し休むことにします」


 そう言って紅茶を口元に運び、香りを楽しんだあと、ゆっくりと飲む。

 爽やかな香りとほどよい甘みが体の中を満たし、こわばった体がほぐれていく。


「マーガレット様は少し頑張りすぎです。このままでは倒れてしまいます」

「ふふ、人を癒やす聖女様が過労で倒れたりしたらみんな驚くでしょうね」

「……お戯れが過ぎますよ」


 リンは言葉に少し怒りを滲ませながら進言する。


「ごめんなさい。少しふざけただけです」


ぺろ、と舌を少し出して謝る主人を見て、リンは「……はあ」と肩に入れた力を抜く。


「とにかく。今日は早めに寝てくださいね。またこの前みたいに寝ると嘘をついてこっそりランプの明かりでお仕事したら怒りますからね」

「いい考えだと思いましたのに……」


 この二人の会話を他の者が見たら、不敬だと怒るだろう。

 それくらい二人も分かっている。しかしリックもいなくなった今、二人が気を許せる相手はお互いしか残っていなかった。


 人が見ていなければ多少のじゃれ合いはいいだろう。言葉にせずともお互いそう思っていた。


「ねえリン。紅茶のおかわりをいただけるかしら?」

「はい、もちろんでございま……ん?」


 突然、ベランダに続いている窓から「コン」という無機質な音が鳴る。

 外からガラスが叩かれたような音。当然リンは警戒し、短剣を構える。


「マーガレット様、下がって」

「は、はい」


 ゆっくりと、慎重にリンは窓に近づく。

 すると窓がキィ、と音を立てながら開く。その奥から現れたのは、二人がよく知る人物だった。


「こんな夜中まで仕事しているとは。仕事熱心だね二人とも」

「り、リッカード様!?」


 突然現れたリックを見て、リンとマーガレットは目を丸くして驚く。

 するとリックはそんな二人に唇を押さえるジェスチャーをする。


「しー! ここにいることがバレるとマズい。二人とも静かに」

「す、すみません……」


 リックは部屋の中央に置かれたテーブルに座る。

 その向かい側にはマーガレットが座っている。


 リンはすぐにもう一つカップを用意するとリックの前に置きまだ温かい紅茶をそそぐ。


「ありがとう」

「いえ……またリッカード様に紅茶をそそぐ事が出来て光栄です」


 熱のこもった視線を向けられながらそう言われたリックは、恥ずかしさを覚え視線をそらす。

 マーガレットはそんな二人を微笑ましそうに見たあと、本題に入る。


「それでどうしたんですか? まさか顔を見るためだけにこのような危険を冒したわけではないでしょう」

「はい。実は……」


 リックはここに来た経緯を説明した。

 エルフが攫われていること。王都に連れ込まれていること。そしてエルフ達が閉じ込められているとされる建物の場所も。

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