第7話 袖下の暗器
俺とリンは共に外に出て、向かい合う。
リンは真剣な表情をしており、意地でも俺を連れ戻すという強い意志を感じた。
一触即発の空気。
少し離れた場所に立つ姉さんとソフィアは心配そうな顔をしている。
「……リン。あまり無茶しなくても……」
「マーガレット様、決めたはずです。どのような障害があったとしても、必ずリッカード様を連れ戻すと」
「確かにそうですが……」
「その障害がリッカード様自身だとしても関係ありません。私は私の使命を全うします……!」
右手にナイフ。左手に鎖の様な武器を構え、リンは臨戦態勢を取る。
覚悟は決まっているようだ。
……だけど妙だな。
姉さんはそこまでしなくても、と思っているようにみえる。となるとこの行動はリンの独断。
なぜリンはそこまでして俺を連れ戻そうとしているのだろうか。
俺がそこそこの力を得て、満足に生活しているのはもう分かっているはず。
ならば無理やり連れ帰る意味はそれほどないと思うんだけど。
「リン、一体なんで……」
「お覚悟をっ!」
俺の言葉に耳を貸さず、リンは駆け出す。
しょうがない。ひとまずやるしかないか……!
「――――せいっ!」
先端に重りが付いた鎖を振り回すリン。
これは……『
充分に加速した鎖を投擲し、その先端の分銅を俺の額めがけ放つ。
高速で放たれた分銅はまるで弾丸。当たれば額は砕けるだろう。こんな危なっかしいものを投げてくるなんて本気だな。
俺は
「来い。魔槍ゲイ・ボルグ!」
取り出したのは真紅の穂先を持つ、細身の槍。
これもアインさんの残した伝説の武器の一つだ。聖剣と同様に錆びており使うことが出来なかったが、最近打ち直す用の鉱石を発見したので復元することが出来た。
俺はその槍をひゅん、と一回転させ、眼前まで迫った分銅を粉々に砕く。
「リン! 話を聞け!」
「聞きません!」
リンはそう言うと今度は手に小さな刃物をいくつも構える。
手裏剣、クナイ、鏢……まるで暗器の見本市だな。
「あんな量の暗器、いったいどこにしまってるんだ? もしかして……」
ある考えに至った俺はリンを【鑑定】する。
【リン・ユイハ】
レベル:62 好感度:■■■
スキル:
マーガレット王女に仕える
暗殺者の一族『結葉家』の出身であり、暗殺術と毒の知識に秀でている。
……ビンゴだ。
スキル『
人の目のつかず、隙間のある空間、か。
袖の下やスカートの中がそれに当たるんだろうな。つまり服を全て脱がせればリンのスキルは無効化することが出来るというわけだ。だけど……
「それは出来ないよな……」
次々と飛んでくる手裏剣やナイフをゲイ・ボルグで叩き落としながら俺はボヤく。
「何を考え事をしているのですかっ!」
「おっと危ない」
鋭いリンの攻撃を、身をよじって躱す。
まさか服を脱がせることを考えていたなんて言えない。
……さて、どうしたもんか。
気絶させて送り返すという方法も取れる。だけどリンはそれくらいで諦めないだろう。
きっと今度はもっと用意を周到にして俺を連れ戻しに来る。
そうなったらリリアやヨル。ソラやベルにも迷惑がかかる可能性が高い。それだけは避けなければいけない。
「――――はッ!!」
短刀二刀流で切りかかってくるリン。
それを槍で捌きながら必死に頭を巡らせる。
何か……何かあるはずだ。誰も傷つかず、平和的に収める方法が。
その時、俺はあることを思い出す。
リンを【鑑定】した時、一つ変な項目があった。
その項目は『好感度』。俺に対する好感度を数値化した項目だ。
好感度の数値の基準は
敵 :-50~0
他人:0~9
友人:10~89
恋人:90~120
家族:100~150
くらいとなっている。
ちなみにベルの俺に対する好感度は101、ソラの好感度は149となっている。
リリアとヨルの好感度は……なんか怖くて確認していない。
リンの好感度は確か変な表記になっていた。だけどスキルに注目していたからそこは読み飛ばしてしまった。
別にそんなところ気にしてもしょうがないかもしれない。
だけど今、情報は何でもいいからほしい。もう一度【鑑定】して、そこを注目してみよう。
「はあッ!!」
リンが思い切り踏み込み、鋭い斬撃を放ってくる。
俺はそれを躱し、手首を掴む。そして足を引っ掛け転ばし、地面に組み伏せる。
横になるリンの上に俺が覆いかぶさる形だ。少し恥ずかしいけど、これも落ち着いて【鑑定】するため、仕方がない。
「な、なにをっ!?」
「――――【鑑定】」
好感度:■8■
お、少し見えた。
よく見えないのはリンが俺に対する好感度を隠しているからか?
もしかしたらめちゃくちゃ嫌われているかもしれない。-80とか出てきたらどうしよう。結構凹む。
好感度:■86
86、か。
でもこの数字の前に、もう一つだけ見えない文字がある。
それがマイナスだったら、かなり嫌われていることになる。ここから連れ出そうとするのも、自分のホームで暗殺するためかもしれない。
そうだったらどうしよう……そう思っていると、ついに最後の数字が明かされる。
好感度:886
「……は?」
思わず呆けた顔をしてしまう。
はっぴゃくはちじゅうろく? なんだその馬鹿げた数字は?
とうとう神の目が壊れてしまったか?
「……ん、離して……ください……っ」
俺の下で身を捩りながらリンは言う。
その顔は赤くなり、艶めかしい。まさか、本当に……
「俺のことが、好きなのか?」
そう尋ねると、彼女の顔はまるでトマトみたいにボッと赤くなる。
まさか……単純に俺のことが好きすぎるから連れ戻そうとしていたのか……?
これは、予想外だ……
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