第8話 主従

 リンと出会ったのは、まだ俺が七歳の頃だった。


 ある日の夜、こっそりと部屋を抜け出した俺は王城の庭園を歩いていた。

 特に何か目的があったわけじゃない。

 王族の暮らしはストレスが溜まる。たまには何かいけないことをしてみたいという軽い気持ちでの行動だった。


 数分ほど庭園を歩き、そろそろ部屋に戻ろうとした時、俺は体中に傷を負ったリンに出会った。


「う、うう……」


 黒ずくめの装束に身を包み、苦しそうに呻くリン。

王族を暗殺しに来て失敗したと考えるのが妥当。声を出して衛兵に捕まえてもらうのが普通だ。

 だけど俺はそうしなかった。


 昔から俺は不思議と相手が敵意を持っているか分かったが、それをリンから感じなかったからだ。


 俺はリンを助けた。

 今にして思えばかなり危険な行動だ。まああの時は子どもだったからしょうがないか。


 癒やしの力を持っていた母上を頼り、リンは一命をとりとめた。

 助けた後は別れるつもりだったが、恩義を感じたリンは俺に使えることになった。話を聞くと暗殺家業に嫌気が差し、家を抜け自由になろうとしたところ追手に襲われ怪我をしていたらしい。


 母上がリンの申し出に喜び、取り計らったおかげで、リンの過去を知る人はほとんどいない。

 知っているのは俺と母上、そして姉上くらいだ。


 リンは俺にかなり尽くしてくれた。

 それは命を救ってくれた恩義からの行動だと思っていた。まさか単純にクソデカ好意を寄せられていたからだなんて……分かるか!!


「もうやめましょう、リン」


 リンを組み伏せたままどうしようかと悩んでいると、姉さんが近づいてきてそう言った。

 俺は一旦リンの拘束を解いて離れる。また襲ってくる可能性もあるけど、そうなったらもう一度返り討ちにすればいいだけ。今は姉さんの話を聞いてみよう。


「マーガレット様……しかし……」

「リックは強くなりました。もうこの子は貴女や私が守るべき存在ではありません。それは手を合わせた貴女が一番良く分かっているでしょう?」

「そう、ですが……」


 俯くリン。

 姉さんは黙ったリンから俺に視線を移すと、頭を下げる。


「ごめんなさいリック。貴方には乱暴なことをしてしまいました」

「別に気にしてないよ。姉さんが強引なのは昔から知っている」


 引きごもりがちな俺を姉さんはよく無理やり外に連れ出した。

 迷惑に感じることもあったけど、そんな風に俺に気をかけてくれたのは母上以外だと姉さんしかいなかった。


「また離れ離れになるのは悲しいですが……貴方なら大丈夫でしょう。どうか元気で過ごしてください」

「……一つ思ったんだけど、姉さんがここに住むんじゃ駄目なのか? どうせあのクソ親父にいいように使われているんだろう?」


 いい案かと思ったけど、姉さんはふるふると首を横に振る。


「私は聖女として多くの民に支持されています。そんな彼らを見捨ることは出来ません。リックの提案はとても魅力的ですけどね」

「そっ……か。分かった」


 姉さんは王族としての責務を果たす道を選んだ。

 どこかの王様にも見習ってほしいものだ。


「私は戻りますが……リン、貴女はここに残っていただいて大丈夫です」

「え……!?」


 姉さんの言葉にリンは目を丸くして驚く。


「私の前では上手く隠していましたが、リックがいなくなってから毎晩泣いていたのを私は知っています。貴女は私の良き従者であり、そして最大の友人。幸せになってほしいのです」

「マーガレット様……」


 リンの目から涙がこぼれる。

 まさか二人の間にこれほどの絆を結ばれていたなんて知らなかった。


 リンもここに残るとなると部屋を増えさなくちゃな、と考えていると、リンは思わぬ返事をする。


「……マーガレット様にそう言っていただき、大変嬉しく、光栄に思います。しかしその提案に乗ることは出来ません。私はリッカード様を慕っていますが……それと同じくらい貴女をお慕いしております」

「リン……」

「王都での貴女の立場は決して良いものではありません。そんな貴女を一人で帰すことが、どうして出来ましょうか。どうか最後のその時まで、仕えさせてください」


 そう言ってリンは姉さんのもとに近づき、足元にひざまずく。

 すると姉さんは涙を流しながらリンの頭を抱擁する。


「私は幸せものですね。いつまでも側にいてください、リン……」


 俺は二人が抱き合う様子を、少し離れた所で見守るのだった。

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