第5話 勧誘

「……こんな森の奥に家があるなんて」


 家の前まで行くと、そう姉さんが驚く。

 表情にこそ出していないけどリンも驚いているみたいだ。他の人は分からないみたいだけど、小さい頃からの付き合いであるからか俺は分かる。


「この家はリックが建てたの?」

「それも含めて、中で話すよ。入って」


 扉を開けて、三人を中に通す。

 家の中には当然ヨルがいて、三人を見て警戒する。


「……なに。こいつら」


 殺気を放つヨル。

 するとそれに反応しリンが姉さんを庇うように立つ。いつの間にか手には刃物が握られている。いつの間にそんな物取り出したんだよ。


「ヨル、三人とも俺の知り合いだから安心してくれ。それと悪いんだけど奥の部屋に一回行っててくれないか? 後で何があったかは話すからさ」


 知らない人がいたら姉さんたちも気が散って話せることも話せなくなってしまうかもしれない。帰ってきてそうそう奥に行けというのも酷い話だけど、なんとか俺はお願いする。


「……分かった。リックのお願いだから聞く。その代わりちょっとこっちに来て」

「ん? いいけど」


 ヨルの側に近づくと、彼女は下を指差し「しゃがめ」と合図する。

 それに従ってしゃがむと……


「ちゅ」


 頬に当たるやわらかい感触。

 なんとヨルは俺の頬にキスをしてきた。


「これで許してあげる。じゃあね」


 そう言ってすたた、とヨルは奥の部屋に移動してしまう。

 後ろから見える耳が赤くなっていたのは気のせいだろうか。


 突然の出来事に放心していると、後ろから殺気のような『圧』を感じる。

 振り返るとそこには俺のことをジッと見つめる姉さんとリン、そしてソフィアの姿があった。


「……リック? 今のかわいらしいお嬢さんは誰?」

「不潔です。見損ないました」

「いいなあ……」


 姉さんは貼り付けたような笑顔で、リンは殺意のこもった視線で俺を見てくる。

 こ、怖い。なんでそんなに怒っているんだ?


 ソフィアは怖い表情はしていないが、恨めしそうな顔をしている。意味がわからないという点においてはこっちも怖い。


 そのままにしておくと怖いので、一応ヨルのことを話しておく。

 とはいえ吸血鬼のことは伏せて、だ。危ないところを助けて一緒に暮らしているということだけ伝えた。


「……なるほど。だからあれほど懐かれているのですね。ひとまず納得しました」


 姉さんはひとまず矛を収めてくれる。

 全く……昔から姉さんはなぜか急に怒る時があるんだよな。一体何が逆鱗なのだろうか。


「納得してくれたようだから話すよ。あの後なにがあったかを」


 俺は城を追い出され、森に来てからのことを二人に話した。

 【鑑定】スキルが覚醒し、色々なものが見えるようになったこと。

 その目の力でご先祖様が作ったこの家を見つけたこと。

 エルフと仲良くなったこと。

 今は楽しく暮らせていること……などなど、かいつまんで説明した。


「まさかこの森にアイン様の家があるなんて……。いや、アイン様は晩年どこかの森で余生を過ごしたと記録に残っていたはず。その可能性は充分にあった……か」


 全てを聞き終えた姉さんはぶつぶつと呟く。


「これも全てアイン様のお導きということですね。感謝しなければ」


 姉さんは手を組み、感謝の祈りを捧げる。

 しばらくそうした姉さんは俺の方を見る。


「とにかく生きててよかった。怪我もしていないみたいですし今日にでも帰れますね・・・・・

「ああそうだ……って、へ?」


 適当に相槌を打ちかけて、止まる。

 今なんかとんでもないこと言わなかったか?


「姉さん。今なんて言った?」

「『今日にでも帰れますね』と言いました。何かおかしいですか?」


 きょとんとした顔で姉さんはいう。

 隣のリンも異を唱える様子はない。


ちなみに話についていけないソフィアは一人あわあわしていた。


「……俺は国を追われました。もうあそこには居場所も未練もない。戻るわけないじゃないですか」

「確かに王都・・にはないでしょう。しかしお父様の領地でしたら居場所を作ることは可能です」


 ここでいう『お父様』とは、姉さんの本当の・・・父親のことだ。

 俺の父の兄、つまり俺の伯父に当たる人物は公爵の地位を得ている。当然自分の領地を持っていて、いかに国王である父でもその領地においそれとちょっかいを出すことは出来ない。


「リック。私とともに父の領地に来てください。さすがに王族だったときと同じ暮らしというわけにはいきませんが、不自由な暮らしはさせません。私も会いに行きますし、リンを側においても構いません」


 真剣な瞳で姉さんは言う。

 隣のリンも同様に真剣な表情をしている。


 確かに姉さんについて行けば何不自由なく暮らせるかもしれない。

 俺の伯父さんであるデガルド公爵も、とてもいい人で仲もいい。きっと匿ってくれるだろう。

 だけど……


「……その誘いは嬉しいよ、姉さん」

「でしたら……っ!」

「でも俺は行くことは出来ない。ここでの暮らしが気に入ってるし、大事な人も出来たんだ。それになにより……もう誰かに守られて生きるのは嫌なんだ。自分の力で生きていきたい」


 俺は迷いなく、そう言い放つのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る