第27話 先祖

「ふう……平和だ」


 なんでもないある日。

 俺は静かな時間を一人で過ごしていた。


 今日は珍しくヨルが外出している。ソラとベルも一緒にいるので俺はひとりきりだ。

 こんな時間は滅多にない。騒がしいのもいいけど、静かな時間も嫌いじゃない。謳歌させてもらうとしよう。


「……ご先祖様は、この家で誰かと一緒に過ごしていたのかな」


 ふと俺は、この家の元の持ち主である『アイン』のことが気になる。

 アインは凄い武器や魔道具、ゴーレムを持っていたけど、それをアガスティア王国には残さず全てこの家に残した。


 それらがあればアガスティア王国はとてつもない力をつけていたはずだ。

 いったいなぜなのだろうか。気になるな。


「うーん……あ。そうだ。気になるなら視れば・・・いいじゃないか」


 神の目には過去を視る力がある。

 今までは作業中のアインしか見ていなかったけど、普段どんな生活をしていたか見れば何か分かることもあるかもしれない。

 いい考えだ。さっそくやってみよう。


過去視パストアイ発動――――!」


 目に力を入れ、過去を覗き見る。

 すると俺が座っている椅子の、机を挟んで向かい側にぼんやりと影が浮かんでくる。


 金色の髪をした壮年の男性。

 俺のご先祖様であり、アガスティア王国の建国者アイン・ツードリヒ・フォン・アガスティアその人だ。


 アインは椅子に座りながら優雅に何かを飲んでいる。周りに誰かがいる様子はない。

 一人で暮らしていたのだろうか。そんなことを考えながらジッと見つめて観察する。するとアインの視線がだんだんと俺の方を向き……俺と完全に目が合った。


「――――っ!?」


 鳥肌が立ち、背筋が凍りつく。

 俺はとっさに椅子から離れ、アインから距離を取る。


 俺が見ているのは過去の幻影のはず。目が合うはずがない。

 それは分かっている……分かっているが、アインの目の動きは俺を見ているようにしか見えなかった。


『…………』


 アインはしばらく黙ったあと、ゆっくりと口を開く。


『驚かせてすまない。我が子孫よ』


 声が聞こえるわけじゃない。

 だが神の目は口の動きだけで相手が何を言っているのかを認識できる。いわゆる『読唇術』ってやつだ。


「俺が……見えているのか……?」

『ああ、しっかりと見えているよ』


 そう口を動かしてアイン、いやアインさんは微笑む。

 なぜ俺のことが見え……いや、もしかして……


「もしかして持っているのか。『神の目』を」

『ご名答。神の目は未来を視ることも出来る。過去から未来を視て、未来から過去を見れば、そこに時間の壁は存在しない』


 なんてこった。

 時間を超えて会話できるなんて信じられない。


 だけど一つ納得できることもある。

 とてつもない力を持っていたご先祖様、アイン。彼が神の目を持っていたのならその常識はずれの力にも説明がつく。


「まさかご先祖様と話すことが出来るなんて……さすがに緊張するな……」


 俺はひとまず席に付き直し、ご先祖様と向かい合う。

 不思議な気分だ。話している相手が過去に生きている人だなんて。


『……さて、何から話したものか。聞きたいことはたくさんあるだろう?』

「そうですね。この家のこと、神の目のこと、そして貴方のこと。聞きたいことは山のようにある」

『全て答えたいのは山々だが、おそらく長話をすることは出来ない。過去は確定した事項だが未来とは常に変動するもの、私が君を観測できる時間は限られている。それに過去視は長時間の使用に向いていないからな』


 アインさんの言う通り、過去視パストアイは目にかかる負担が大きい。今こうしている間も目が熱を持っていく。

 話は手早く済まさないと。


「分かりました。では最初にこの家のことを教えてください、なぜこの家にこんな凄い物を残したのですか? 王国には残さずに」

『……いくら崇高な目的を持って作られた組織も、代が変われば最初の理念は失われるものだ。私は自分の作った国が他国を害する愚かな国になってほしくなかった。ゆえに私の生み出した技術の数々はこの家に封印した。いつか現れる新たな『神の目』の持ち主に託すために』


 なるほど、確かに俺の父親がここにある物を持っていたら大変なことになっていただろう。

 考えただけで恐ろしい。


『占星術により私の子孫に神の目を継ぐものが生まれるのは分かっていた。私はその者が力を恐れられ、迫害されることを危惧した。ゆえに王家の者を処刑する時はこの森に捨てる決まりを作った。不安ではあったが……こうして無事後継者がたどり着いたところを見るに正解であったようだな』


 アインさんは安堵した表情を浮かべる。

 それにしても驚いた。処刑の理由こそ違うけど、この配慮のおかげで俺は助かったんだ。


「ありがとうございます。その決まりがなければ、ここにたどり着かず死んでました」

『礼など不要だ。むしろ私は謝らなければいけない、家族に殺されるような国を作ってしまって申し訳ない』


 アインさんは頭を下げる。

 本当に出来た人だ。俺の父親も見習ってほしい。


 そんなことを考えていると、アインさんの体がブレ始める。


『……どうやら話せる時間もあと僅かのようだ。次に聞きたいことはあるか?』

「はい。それでは『神の目』のことを教えてください。この力はいったい何なのですか?」


 アインさんは少し考えるような素振りを見せたあと、慎重に言葉を選びながら口を開く。


『この世界には神が実在する。我ら『神の目』は、その神と通信することの出来る唯一の存在なのだ』

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