第24話 一人より二人で

「ふんふふーん♪」


 上機嫌に鼻歌を唄いながら、森の中を歩く少女。

 彼女の名前はリリア・パスキアーナ・シルフィエッド。ここパスキアの大森林に住むエルフの一人だ。


 エルフは人前に滅多に姿を現すことはない。

 見目麗しいエルフは、人間と何かとトラブルを起こしやすい。なので村を出たエルフ、いわゆるはぐれエルフ以外は人里離れた所に里を作り、ひっそりとくらしている。


 リリアもまた、その例に漏れず人と接することなく暮らしていた。

 しかし最近出会った人間に救われたことで、怖いと思っていた人間に対する印象はガラリと変わった。


 最初は救ってくれた恩人に恩を返すため会いに行っていた。

しかし共に時間を過ごす中で彼女は彼に惹かれていった。今では彼の家に行くのが一番の楽しみになるほどだ。


彼女の同族なかまや父親は彼女の恋心それにすぐに気がついた。

 他のエルフたちもその人間をよく思っているため、彼女の気持ちはみんなに応援された。父親からは「孫が見れる日も近いかもな」とからかわれるほどだ。


 そこまでは考えていなかった彼女だが、そんなことを言われれば意識してしまう。

 彼の家の前についたリリアは、すー、はー、と深呼吸し心を落ち着かせ、いつもと変わらない元気な声を出しながら扉を開く。


「おじゃましまーす!」


 中に入るとそこには彼が……いなかった。

 いたのはソファに座る銀髪の少女のみ。スライムのソラとケルベロスのベルの姿もなかった。


「あれ?」


 辺りを見渡しながらその少女、ヨルのもとに向かう。

 するとヨルは視線を上げ、リリアのことを見る。


「いらっしゃいリリア。リックたちならいないよ」

「へ? そうなの?」


 意外そうにするリリア。

 リックが午前中からいないことは珍しい。リリアは長い耳を垂らししょぼんとする。


「今日は朝から運動したい気分だったみたい。お昼には帰ってくると思う」

「そうですか! じゃあ少し待たせてもらいますね!」


 機嫌を取り戻したリリアは、上機嫌でキッチンに行くと紅茶を淹れ始める。

 家の中にあるものは自由に使っていいと家主リックから言われている。それに掃除はリリアがやることが多いので細かい物の配置は彼女の方が詳しいくらいだ。


「ヨルちゃんも飲みますよね?」

「うん。お砂糖は五つ……」

「ミルクもたっぷり。ですよね? 任せてください!」


 ヨルの好みも熟知しているリリアは、手際よく紅茶を入れると、部屋の中央にあるテーブルにカップを二つ置く。

 部屋隅のソファに座っていたヨルも中央の椅子に腰を下ろしていた。


「ん。おいしい。さすがリリア」

「ふふ。ありがとうございます」


 リリアは笑みを浮かべた後、自分もカップに口をつける。

 使った紅茶の葉は畑から採れたもの。当然そこらに売っているものより数段いいものだ。


 爽やかな香りが鼻を抜け、リリアの心はリラックスする。

 しかしそんな空気をぶち壊す言葉が、ヨルの口から放たれた。


「リリアはリックのこと、好き?」

「ぶふーっ!!」


 口に含んでいた紅茶を盛大に吹き出すリリア。

 対面に座っていたヨルの顔にそれは容赦なく命中する。


「ああ! 申し訳ありません!」

「問題ない。これくらい自分で拭ける」


 表情を一切崩さず、ヨルは顔をタオルで拭く。

 そして再びいつも通りの感情の薄い目をリリアに向ける。


「それで、どうなの?」

「ど、どどどどうと聞かれましても。そ、そりゃリックさんのことはお慕いしてますよ? いつもお世話になってますし助けていただいた恩もあります一緒にいる時間も長いですしええと」

「リリア、私は真剣に聞いてる」


 有無を言わさない圧を放つヨル。

 リリアはしばらくうんうんと頭を悩ませたあと、堪忍したように言う。


「……はい。好き、です」


 長い耳の先っぽまで赤くするリリア。

 彼女の言葉を聞いたヨルは満足げに笑みを浮かべる。


「そう。それを聞けてよかった」

「へ?」


 想定外のヨルの言葉にリリアは首を傾げる。

 てっきり「どちらが勝っても恨みっこなし」などといったことを言われるかと思っていた。


「ヨルちゃんもリックさんのことが好き……なんだよね?」

「ええ。私はリックのことを愛している。彼のためであればなんだって出来る」

「あ、愛」


 ヨルの言葉にリリアは更に顔を赤くする。


「リックのことが好きという気持ちに嘘はない。でも……私はリリアのことも好き。もしリリアが私と一緒にリックを支えてくれるなら嬉しい」

「え、ええ!? ヨルちゃんはそれでいいの!?」


 リリアの当然の疑問に、ヨルはこくりと頷く。

 それは彼女の偽らざる本心だった。


「私にも独占欲はある。だけどそれ以上にリックの力になりたい。悔しいけど私だけじゃリックを支えきることは出来ない。だから……リリア、どうか貴女の力を貸してほしい」

「ヨルちゃん……」


 リリアはかなり驚いていた。

 まさか目の前の少女がそこまで深く考えているとは思っていなかった。


 リリアは立ち上がりヨルの手を取る。そしてヨルの目をジッと見つめて彼女の問いに答える。


「もちろん私も力になりますっ! 一緒にリックさんを支えましょう!」

「……ありがとう。とても嬉しい」


 そう言って微笑むヨルの顔はとてもかわいらしく、女であるリリアですら恋に落ちそうなほどであった。

 慌てて手を離し、平静を取り戻したリリアは、ヨルに尋ねる。


「それで……リックさんが帰ってきたら何かするのでしょうか?」

「作戦なら考えてある」


 ヨルは家の中に鎮座している水晶のもとに行き、それに手を触れる。


「この水晶は家を守る結界を操作するためのものだけど、実は家の構造も変えることが出来る」

「家の構造を、変える?」


 言葉の意味が分からずリリアは首を傾げる。


「言葉で説明するよりも見た方が早い。えい」


 ヨルが水晶に魔力を流すと、何もなかった壁に突然扉が現れる。

 扉を開いてみると、中にはなんとちゃんとした部屋があった。リリアは意味が分からず更に混乱する。


「どいうことですか……!?」

「この家はかなり特殊。外から見たら大きな家じゃないけど、空間拡張魔法の効果で中の面積をかなり広くすることが出来る」


 暇な時間が多いヨルは、水晶をいじる時間が多かった。

 そのおかげで水晶を操作する能力はリックよりも高くなっていた。


「私は水晶にいくつもの部屋の情報データが保存されているのを発見した。その中に一つ凄いものがあった。これは使える」

「凄いもの、ですか?」


 ヨルはその言葉に頷き、口を開く。


「私が見つけたのはとても大きな『露天風呂』。これは使える……!」

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