第13話 パスマリアにて

 アガスティア王国領土内の街、パスマリア。

 王都への街道が通るこの街は、商人や冒険者がよく立ち寄り人で賑わっている。


 パスキアの大森林へ通じる道もあり、命知らずな冒険者がその道に挑んでは、帰らぬ人となっている。


 その街にある大きな木造の建物、看板に『冒険者組合パスマリア支部』と書かれている場所に紫色の髪をした女性が足を踏み入れる。


「おい見ろよ」

「ソフィアじゃねえか。相変わらずいいケツしてやがる」


 昼間から飲んだくれている冒険者の男たちが、下卑た笑みを浮かべながらその女性、ソフィアを見る。

 若く、美しく、更に元貴族ということでソフィアは普段からこういった視線を向けられることが多かった。

 愚かにも手を出そうとした連中は魔法で黙らせてきたが、流石に視線を向けられただけでそこまでするわけにもいかず、無視することしか出来なかった。


「はあ……最悪」


 足早に組合内を歩いたソフィアは、受付に行く。

 するとそこにいた受付嬢の一人がソフィアの顔を見て、驚いたように目を丸くする。


「ソフィア! 無事だったんだ! 心配したんだから!」

「ごめんねリズ。ちょっとヘマして長引いちゃった」


 ソフィアが親しげに話す女性の名前はリズレット。

 冒険者組合パスマリア支部の看板受付嬢であり、ソフィアとは長い付き合いの女性だ。


 栗色のボブカットに、大きな眼鏡。そして小動物系のおっとりした雰囲気。ソフィアとは全然違うタイプだが、二人は仲が良かった。


「怪我とか大丈夫? 傷薬使う?」

「大丈夫、ピンピンしてるから。ね?」


 体を動かして無事をアピールするソフィア。

 リズは注意深く彼女の体を観察して、ようやく納得する。


「どうやら本当に怪我はないみたいね。それにしても驚いた、パスキアの大森林に入って今日で三日目でしょ? それなのにそんな元気なんて」

「実は森である人に助けられたの。もしその人が現れなかったら危なかったかもね」

「本当にソフィアは昔から危なっかしいよね。心配するこっちの身にもなってよ」


 何度目になるかわからないリズの小言に、ソフィアは「はは、ごめんごめん」とまたいつも通りに返事をする。


「それにしてもあの森に人が住んでいるなんてびっくり。そんな情報私でも聞いたことがないよ」


 冒険者組合の受付嬢ともなれば、様々な情報が立っているだけで入ってくる。

 しかしパスキアの大森林に人が住んでいるなんて話は、噂ですら聞いたことがなかった。


 最近住み始めたのか、それとも隠れていたのか。

 リズは興味を惹かれる。


「ね、どんな人だったの?」

「どんな……って、まさかあんた変なこと考えてんじゃないでしょうね? 私とあの人はそんなんじゃないからね!」


 顔を赤くして言い訳を始めるソフィア。

 付き合いの長いリズだが、そんな恥ずかしそうに乙女の顔をする彼女を見るのは初めてだった。


 思わぬ収穫に内心にやりと笑ったリズは、そのことを尋ねる。


「あれえ? もしかしてその人といい感じになっちゃったの? ねね、詳しく聞かせてよ」

「こ、この話はもう終わりっ! 終わりったら終わり!」


 無理やり話を打ち切られ、リズは「ちぇー」と口を尖らせる。初めての友人の浮いた話に楽しくなり踏み込み過ぎてしまった。

 次はもっとうまく聞き出さないと、とリズは反省する。


「それで中間報告をしたいんだけど、依頼人にはどう会えばいい?」

「あ、そのことなんだけど依頼人さんが変わったんだ」

「へ? そうなの?」

「うん。まあ最初の人は代理人で、今は本人が来てるってことなんだけどね」

「ふうん」


 ソフィアが会った代理依頼人は、軽薄そうな男性であった。

 その人物は探す対象の情報をあまり知らなかったばかりか、ソフィアに夜の誘いをしてきた。印象は最悪であった。


「新しい人は凄い美人さんだよ。昨日から組合ここにいるから早めに会ったほうがいいと思うよ」

「ちょ、いるなら早く言いなさいよ! 会ってくる!」

 急いで走り出すソフィアの背中にリズは呼びかける。

「あ、二階の三番客室にいるから!」

「ありがと!」


 一段飛ばしで階段を駆け上がったソフィアは、リズの言った部屋の前に着くと、一回深呼吸し息を整えてからノックをする。


「依頼を受けたソフィアです。お待たせして申し訳ありません。中に入ってもよろしいでしょうか」

「どうぞ」


 承諾を得たソフィアは中に入る。

 部屋の中にいたのは、恐ろしいほど美人のメイドであった。黒い髪と切れ長の目が特徴的だ。


「あなたがソフィアさん、ですね? 私は新しい依頼人のリンと申します。よろしくお願いします」

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