第18話 滅びの前兆

「なぜ、なぜこうも上手くいかない!」


 広間に大きな声が響く。

 白く染まりつつある髪をかきむしりながら、その人物は言葉を続ける。


「言ってみろ。なぜこうも失態が続く。言え!」

「ひっ……」


 狂気に満ちた瞳を向けられ、臣下は言葉を漏らす。

 少しでも機嫌を損ねてしまえば、即座に自分の首が切られてしまう、彼はそう直感した。


「へ、陛下。落ち着いてください」

「落ち着けだと? 落ち着いていられるわけがないだろう! 今こうしている間にもアガスティア王国の国力は低下していっているのだぞ! なぜ、なぜだ!」


 そう叫ぶのはアガスティア王国の現国王にしてリックの実の父親、リガルド・ツードリヒ・フォン・アガスティアであった。


「一月前までは全て順調だった。国土を増やし、財政も問題なく、人材も潤っていた。しかし今はなんだ!? 他国の侵攻に屈し、財政は悪化。挙句の果てに次々と人が離れる始末。なぜこのような事態になった、なぜこの事態を収束できない!」


 しんと静まり返る広間。

 広間には現在詰められている宰相バフォート以外にも臣下の者がいたが、誰も言葉を発さず固く口を閉じていた。


 今大事なのは、自分が王に詰められないこと。もし目立ったことをして自分が不敬を買ってしまえば最悪この場で斬首を命じられかねない。

 ここにいる者がそう思うまでに国王リガルドは乱心していた。


「……では、失礼を承知で申し上げさせていただきます」


 長い沈黙の後、宰相のバフォートが口を開いた。

 その目は覚悟が決まった者の目であった。周りの臣下たちは「まさか、言う気か」と動揺する。


「此度の王国の混乱、その要因の一つはリッカード殿下がいなくなられた事にあると思います」

「……どういうことだ。なぜ、今あの出来損ないの名前が出てくる」


 気温が下がり、空気が重くなる感覚。

 宰相含め臣下の者たちは自分の心臓が握られているような感覚を味わった。

 リガルドの放つ威圧感はそれほどまでに強く、今まで胃に穴を開けた臣下の数は両手では数え切れない。


 しかしそれでもバフォートは屈することなく言葉を続けた。


「陛下もご存知でしたはず。リッカード殿下は政治の才がありました。特に人を見極める力は群を抜いており……その力に王国は助けられていました」

「ふん、王にまつりごとの才など不要。政治が出来てないのは貴様らが無能だからではないか」

「それは……そうでありますが」


 バフォートは困ったように眉を下げる。

 彼らだけで国が回っていないのは事実。その点は彼も反省するところだった。


 しかし沸点の低い王に振り回されている臣下かれらが、全力で政治に向き合えていたかというと、それは肯定出来ない。リックはその穴を埋めていたのだ。


「殿下がいなくなったことで、殿下が勧誘スカウトした優秀な者たちは去って行ってしまいました。その中には“炎騎士”ウルバーンに“竜姫”アンリまで……。あれらがいなくなっては北の戦線は維持出来ませぬ」


 バフォードが挙げた二人の人物は、王国を引っ張っていくに値する素晴らしい才の持ち主たちであった。

 しかしその二人が忠誠を捧げたのは『国』ではなく『リック』ただ一人であった。彼のいない王国に用はないと、二人はリックがいなくなってすぐに王国を去ってしまった。


「あの裏切者どもめ……なぜリッカードなどに忠義を……」


 リガルドは血管がぶち切れそうなほど顔を赤くする。

 彼はリックがいなくなった後も、その二人はこき使ってやろうと思っていた。


 しかしその野望は潰えた。彼にとって最悪の形で。


「ですので陛下。この事態を収束するためにどうか殿下を王国に戻す手立てを……」

「ふざけるなッ!」


 リガルドの一喝で、広間が静まり返る。


「あいつを戻す、だと? 馬鹿馬鹿しい! あの不出来な息子はもう死んだ。二度と戻ってくることはない。もしもう一度でもそのような世迷言を抜かせば……その頭と胴体を斬り離してやるからな」

「ぐっ……!」


 ここまで言われてしまえば、バフォートは打つ手が残っていなかった。

 むしろリックの名を出して生きていられるだけ幸運だろう。


「話は終わりだ。お前たちだけでこの事態を収拾するんだ。その為なら民を犠牲にしようが構わん」


 リガルドは最後にそう言って臣下たちを解散させた。

 結局今回の集まりで決まったことは何一つない。それなのに山積みの問題を片付けろと言われたのだから臣下たちの顔は暗い。


「殿下……今どこにいらっしゃるのですか……」


 バフォートは誰に言うでもなくそう呟くのだった。

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