第4話 その頃王都は

「お父様! リックを勘当するなど何を考えてらっしゃるのですか!」


 大きな声が広間に響く。

 ここはアガスティア王国の王城にある王の間。城に訪れた者が王に謁見するための間だ。


 現国王リガルドは気難しい性格で知られている。

 誰もが言葉を選んで発言するが、現在王に相対している者は捲し立てるように言葉をぶつけていた。その様子を見る騎士たちはストレスで胃が痛くなっているのか顔をしかめている。


「マーガレット、お主も知っておろう。あれは出来損ないだ。勘当するのも当然の処置だ」

「しかし! いくらスキルが弱くても血を分けた実の子どもを捨てるなど……」


 リガルドに抗議するのはアガスティア王国第一王女、マーガレット・アガスティア。艶やかな桃色の髪が特徴的な見目麗しい女性だ。

 心優しい彼女はリックとも友好な関係を築いており、力がないことで白い目を向けられていたリックの数少ない味方であった。


 リガルドもそのことを把握していた。なので彼女が不在の時を見計らいリックのスキルを調べた。それも全て、リックが弱いスキルを持っていた時、即座に処分するため。

 マーガレットを慕う者はそこそこいる。邪魔されれば面倒なことになるからだ。


「アガスティア王国では力こそ全て。弱き息子などいない方がよい」

「……いくら国王といえど勝手が過ぎます」


 食い下がるマーガレット。

 リガルドは短くため息をつくと、リックに向けたような冷ややかな視線をマーガレットにも向ける。


「くどいぞ。直系ではない・・・・・・貴様が仮にも王位継承権を持てているのは誰のおかげなのか忘れたか。話は終わりだ」

「……分かりました」


 リガルドの強い拒絶に渋々折れるマーガレット。

 彼女は乱雑に一礼して王の間を去ると、駆け足で自室へと戻る。


 部屋の中には一人のメイドが待機していた。

 切長の目が特徴的な、整った顔立ちのメイドだ。

 彼女は帰ってきた主人に一礼すると口を開く。


「お疲れ様でしたマーガレット様。陛下とのお話はいかがでしたか?」

「やっぱり駄目だったわ。父様も兄様もどうかしてるわ。周りが見えてなさすぎる!」


 親指の爪を齧りながら、イライラした様子でマーガレットは言う。

 人前ではお淑やかな態度を崩さない彼女だが、ここは自室で見ている人は気の許せるメイド一人。感情を露わにしても問題はないと判断した。


「リックは確かに魔法と武術の才能はなかった。でもその観察眼はとても優れていました。時々恐ろしく思えるくらいに」

「そうなのですか? 申し訳ありませんが私は殿下にそのようなイメージを抱いたことはありありませんでした」

「それも無理ないわ。リックは目立つことを嫌がっていたからね。きっと自分のしていることが父様に知られたくなかったの。『まつりごとは王のやることではない』というのが父様の考えだからね」


 だがリックのことを気にかけていたマーガレットは知っていた。

 リックは他国に不審な動きがあった時や、自国で怪しい動きをする権力者が現れた時、誰よりも早くそのことに気がつき、大ごとになる前に動いていた。

 無論彼に戦う力はないので、他の人にそれとなく伝えるというやり方しか出来なかったが。


「父様も兄様も力を振るうことしか考えていません。近いうちこの国は大きな混乱に見舞われることでしょう。ああ、なんて愚かなことを……」


 もし父と兄が弟の力を認めていれば、この国は盤石であっただろうなとマーガレットは夢想する。しかしその未来は閉ざされてしまった。マーガレットは悲嘆に暮れる。


「マーガレット様。リッカード様のことはどうしましょうか」

「どなたか雇って探そうと思います。リン、貴女の伝手でどなたか見繕っていただけないかしら」

「かしこまりました。しかし場所が場所なだけにお値段は張ってしまうと思われます」


 リックが飛ばされた先は恐ろしい噂が絶えないパスキアの大森林。

 捜索するなら高ランクの冒険者を雇わなければいけないだろう。


「……分かっています。なんとか工面します」


 マーガレットが自由に使えるお金は多くない。

 しかしリックは替えの利かない可愛い弟。探さないという選択肢はなかった。


「我らが始祖アイン様。どうか弟をお救いください……」


 マーガレットは月に向かって手を組みながら、弟の無事を祈るのだった。

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