第2話 鑑定

 俺はひとまず片っ端から【鑑定】しまくる。


 食べられない物がほとんどだったが、中には食べられる物もちゃんとあった。



【パスキア草】

ランク:D

パスキアの大森林固有の植物。ギザギザの葉が特徴。

苦味があるが、生食可能。



 苦いのは嫌だが、背に腹は代えられない。

 俺は意を決してそれを口にする。


「うぐ。やっぱり苦いけど……食えないほどじゃないな」


 一口目こそ結構キツかったが、食べてるうちに段々慣れてきた。

 それどころかこの独特の苦味はクセになるな。もうちょっと食べていこう。


「他にもパスキア草はあるかな?」


 足元を見ながらそう呟くと、いくつかの草が突然光り始める。


「な、なんだ!?」


 爆発でもするのかと驚いたが、その植物は光っただけでなんのアクションも起こさない。

 俺は警戒しながらその植物をようく見てみると、なんと光った葉っぱは全てパスキア草だった。


「もしかしてこれも神の目の力なのか?」


 葉っぱが光る直前、俺はパスキア草を探そうとしていた。

 だから神の目はパスキア草を探して俺にその存在を教えてくれた……そう考えるのが自然だ。おそろくこの光も実際に光ってるわけじゃなくて俺の目だけにしか映ってないんだろう。

 事実その葉っぱに手を当ててみたけど手に光は映らなかった。


「一度見たものは記憶して探知してくれるのか。便利な力だな」


 試しに「イチコロ草、探知」と言ってみたところ、今度は別の植物が光りだした。俺の仮説は間違ってなかったみたいだな。

 この能力はサバイバルにすごい役立つ。ほんの少しだけど光明が見えてきたぞ。


「よし、パスキア草の補充も出来たことだし進み……ん?」


 ポケットいっぱいに食料を詰め込み歩き出そうとしたその瞬間、俺の耳に何かが動く音が入ってくる。

 急いで姿勢を低くして耳を澄ませる。


 草を踏むような音。どうやら何かの生き物が近くを歩いているみたいだ。

 ゆっくりと、細心の注意を払いながらそっちを見ると、そこには巨大な人型の魔物が二体歩いていた。


(――――っ!?)


 声が漏れ出そうになるが、急いで口を押さえて事なきを得る。

 4mはある巨体に長い耳と鼻に緑色の皮膚。あれはきっと『トロール』という凶暴な亜人だ。見つかれば一瞬で殺され美味しく食べられてしまうだろう。


「……一応【鑑定】しておくか」


 トロールを見ながらスキルを発動する。



【ハイトロール】

レベル:50

トロールの上位種。

体の大きさに見合わず動きは俊敏。



「ただのトロールじゃなくてその上位種のハイトロールだったのか……。あんなの城の騎士が束になっても敵わないぞ」


 昔、一体のハイトロールで村が四つ壊滅したと聞いたことがある。この森はあんなのがうろちょろしてるのかよ。見えたはずの希望が一瞬で見えなくなってしまう。


 俺は見つからないよう、息を殺しながらその隣を歩いているもう一体のトロールにも【鑑定】を使ってみる。



【トロール】

レベル:35

長い鼻と耳が特徴的な亜人。

体の大きさに見合わず動きは俊敏。



 こっちは普通のトロールだった。ハイトロールより体が小さめだったからそうじゃないかと思った。


 そしてレベルという存在にも少し当たりがついてきた。

ハイトロールが50でトロールが35。

王国騎士が26で俺が……6。


 多分これは強さを表しているんだ。

そう考えると合点がいく。俺が弱すぎて悲しくなるけど。


 レベル6とレベル50、戦ったらどちらが勝つかなんて子どもでも分かる。俺は身をかがめたまま、こっそりとその場を去ろうとする。

 しかし運の悪いことに、枝の先っぽが服に引っかかってしまい、ガサッ! と音が立ってしまう。


『ウガッ!?』


 長い耳は伊達ではなく、ちゃんと優れた聴覚を持っていたみたいだ。

 二体のトロールは俺をすぐに捕捉すると、醜悪な笑みを浮かべながら走り出す。

 その口元からこぼれ落ちるのは粘度の高そうなよだれ。捕まったらあいつらのランチになることは確実だろう。


「くそ……ッ!」


 脇目も振らずに森の中を駆け出す。

 幸い木が多いおかげで巨体のトロールたちは思うように走れていない。すぐに追いつかれるようなことはなさそうだけど、正直捕まるのは時間の問題だ。

 体力が尽きるのは俺のほうが早いだろうし、地面は石や根っこでつまずきやすくなっている。転んだらすぐに捕まってしまうだろう。


「どこに、どこに逃げれば助かるんだ……!」


 誰に言うでもなく呟く。

 すると次の瞬間、俺の瞳が反応し……道に光の筋を映し出す。


「なんだよこれ。まさかこの光に沿って走れっていうのか?」


 俺の目はすべてを見通す【神の目】だ。

 ならばもしかしたら助かる『道』も見通せるのかもしれない。


 正直信じる根拠は少ないが、これ以外にすがるものがないのも事実。

俺は一縷の望みをかけて光の道筋に沿って走る。


『ゴアアアアッ!』


 後ろから聞こえる凶悪な叫び声。

 すくみそうになる足を奮い立たせ必死に走る。


「こんなところで、死んでたまるかよ!」


 いったい何分、何十分走っただろうか。

 足が重くなり、筋肉が悲鳴を上げたころ、光の先にある物が出現する。


「これは、家?」


 人なんて誰も住んでいないはずのパスキア大森林。

 その中にポツンと一軒家が建っていた。

 木造のその家は、いたって平凡の家で何か特別なものには感じない。ごくごくありふれた物に感じる。


 でもこの森に普通の家が建っているわけがない。それになにより、俺の目があの家に逃げ込めと教えてくれている。


 だから俺は走った。

 トロールたちはもうすぐ後ろまで迫ってきているが、それは考えず、死にものぐるいで。

 生きるんだ、絶対。だから、走れ――――


「うおおおおおっ!」


 最後の力を振り絞って前方にダイブし、家を囲む柵の内側に入る。

 ここまでくれば中にいるであろう誰かが助けに来てくれると信じて。


 しかし敷地内に入っても誰も助けに来てくれることはなかった。

 ハイトロールは動けなくなった俺をニヤついた顔で見ながら、手を伸ばしてくる。


「ここ、までか……」


 もう走る気力はない。

 諦めかけたその瞬間、柵を越えようとしたハイトロールの手が思い切り弾かれる。


『ゴアッ!?』


 痛みに呻くハイトロール。

 何が起こったんだ!?


「これはもしかして、結界?」


 よく見れば家を取り囲むように半透明な結界のようなものが張ってあった。ハイトロールはこれに弾かれたんだ。

 その後もトロールたちは何度も結界を殴りつけていたが、壊せないことを悟って諦めた。


「なんとかなった……のか?」


 少し休んで息を整えた俺は立ち上がる。

 光の筋は家の入口の方に続いている。意を決した俺は、家の方に歩き出すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る