第5話
STARSはもともと星野翔太のために作られたグループだった。
当時毎経新聞の社長であった悠作が「翔太、イマイチ仕事がうまくいっていないらしいじゃないか、どうなってるんだ?」とアップフラックスの社長である
その時、星野翔太は「現役慶洋大学生のエリートアイドル」として売り出してはいたが、これといった個性もない、そこまで顔の特徴もない、慶洋大生と言っても幼稚舎からのエスカレーターに甘えているので頭がいいわけでもない――そんな状態に事務所としても頭を抱えていたのだ。
そのくせ、仕事へのこだわりは強く、折角マネージャーが苦労して取ってきた仕事も「それは俺の仕事じゃない、そんなことしたくない」と簡単に一蹴してしまう。
きっとこの日の話も社長の意思、というより翔太がおじいちゃんに駄々をこねたのだろう。
「――星野社長、私いま翔太さんをリーダーとした男性アイドルグループの結成を検討しておりまして」
鳴海は文句に動揺することもなく笑顔を崩さず切り出した。
「グループで売ることで活動の幅も広がりますし、他のメンバーと比較しても翔太さんの魅力が引き立つのではないかと」
「なるほど、メンバーは決まっているのか?」
星野社長は少しソファーから腰を上げてそう言った。興味は持ってもらえたようだ。
「今事務所内で選定中です」
「決まったら私にも見せてもらえるかな?可愛い孫息子に変な虫がついても困るのでね」
鳴海は心の中で辟易とした。
変な虫がついたら困るのならアイドルなんて辞めてしまえ。
だが、言えなかった。星野社長は鳴海の恩人であり、業界のキーパーソンなのだ。逆らったら面倒なことになる。
「はい、かしこまりました」
鳴海はその綺麗な笑顔を一ミリも歪ませず即答した。
星野社長にも見てもらった上でようやくSTARSのメンバーは決まった。
社長の親バカ、いやジジバカぶりにより、こんな素行の悪そうな奴はダメだ、こいつは顔が下品だから翔太のイメージに合わない、などさんざんケチをつけてきた。
可愛いうちのタレントを好き勝手いいやがって。恩人でなければ殴りつけてやりたい、鳴海は何度もそう思った。
一つだけ誤算だったのが宮本英治だった。
結成当時、高校2年生だった英治はその後1年間で身長が10cm以上伸びた。
もともと170cmに届かないくらいで、翔太よりも小柄だったが、その身長を一気に抜いてしまう形になった。それまで中性的な可愛さが売りだったが、顔立ちもぐっと男らしくなった。
元来の人懐っこい性格もあり、ファンからの視線が一気に集まってしまったのだ。
当然、翔太は面白くない。テレビ出演の際に英治にだけ被り物をさせたり天然ボケな性格をいじったりして、英治のアイドルとしての人気を下げようとした。
しかし、それも逆効果になった。英治は被り物を被るついでに顔にメイクもして皆を盛り上げ、いじられれば更に自虐ネタを重ねて周りをどっと沸かせる。
英治は真面目に仕事に取り組んでいるだけだったが、英治の人気は上がり、それがSTARSの人気に繋がった。
英治がいなければSTARSは10年以上も続くグループにはならなかっただろう。
一方で、STARSが存在しなければ、今回の騒動で英治が傷つくこともなかったと思うと皮肉である。
鳴海京香は静かに楓の報告を聞いていた。
「―やはり、星野会長が噛んでいたか」
「はい、星野会長が仲介をして、4人はキャンバスに移籍したそうです」
楓は報告書のページをめくって話を続ける。その顔には疲労が色濃く出ていた。
騒動から約2週間が経ち、色々なことが分かったタイミングでこのように社長に報告をすることとなった。
「レギュラー番組は騒動のタイミングで放送終了、今のクールの間はドラマの再放送や特番で繋いでいただくことになりました。また、年末年始の特番については当社の別タレントで対応することで基本的に合意しました。一部は断られてしまいましたが……。なお、CM3本は全て放送中止となったので違約金を求められています」
違約金ねぇ……鳴海は手元の報告書を見ながら呟く。
あいつらが勝手に出て行ったのにな、と言うと、楓は苦笑いを浮かべるだけだった。
「不幸中の幸いは、当然ですが、英治に対しては同情的な声が多いです」
「そうだろうな」
そう言って鳴海はタブレットでSNSを開いた。「#宮本英治」で検索をすると、
「英治くん、ドラマの撮影中にこんなことになってかわいそう…」
「STARS人気=宮本英治人気だと思ってたんだけど、それ以外の4人が脱退てどゆこと???」
「宮本英治が遂に嫌気さして独立したのかと思った」
「牛肉抜き牛丼 #宮本英治のいないSTARS」
ぱっと目についただけでもこのようなコメントがあった。
リアルな世間の声だろう。
「報告ありがとう。どうにかしてキャンバスの社長と星野会長とは話をするようにする。このままウチが違約金を払うような事態は避けたい」
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
楓はお辞儀をして社長室を出ようとした。
「松島」
楓は鳴海に呼び止められて振り返る。
「お前も疲れてるだろうからちょっと休め。」
「ありがとうございます、お待たせしてしまいましたが事態が見えてきたのでちょっとどこかで休むようにします」
楓は再びお辞儀をして答えた。
この二週間はほぼ休日返上で働き詰めだった。STARSとしての活動がなくなったことによる対応と、英治以外が個人でやっていた活動への対応、そして英治までいなくなるのではないかと不安に思った取引先への対応。
「そうしてくれ。あと英治のケア、ちゃんと頼む。あいつまでどうにかなったらうちの事務所は正直安泰じゃない」
「分かりました。騒動後すぐに話したときはそこまで気にしていないようでしたが、西村くんとも連携します」
そう言って楓は社長室を出て自分のデスクに戻った。
座るのが早いか、声を掛けられた。
「チーフ……お忙しいところ申し訳ないのですが」
噂をすればの西村くん、と思い、振り返ると西村くんは青白い顔をしていた。
嫌な予感がした。
「
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