第4話

 再度楓から電話があり、タワーマンション内にある会議室で打ち合わせをすることになった。

 今まであの部屋は一体何のためにあるのかと思っていたが、こういうときに使うのか。

 英治はぼーっとした頭でリビングのソファーに座りながらそんなことを考えていた。


 時間までもう少しある。

 今日は天気がよさそうだ、気分転換にカーテンを開けて外を見下ろして英治はぎょっとした。

 物凄い数の人がマンションの玄関前に溢れているのだ。

 このマンションはセキュリティがしっかりしているので、多くの芸能人が住んでいた。

 だが、「○○が△△マンションに住んでいる」という噂はどうしても出回ってしまう。

 そのためああやって何とか入り込む隙が無いかを探っているのだろう。


 誰かのスキャンダル?

 ……俺……?


 英治の頭の中で話が繋がった。だからあんなに楓たちは焦っていたのか。

 何のスキャンダル?楓とのことがバレた?

 ……それならそれで好都合なのでは?

「もう公になってしまったのだから結婚しようよ。」

 そうやって楓に切り出すことが出来る。


 英治はそんな淡い期待を抱きながら、リモコンを取ってテレビを付けた。

 テレビに英治が住むマンションが映る。やはり下で中継をしているようだ。


「えー、こちら宮本英治さんの自宅マンション前に来ております」


 やはり追われているのは英治のようだ。

 ただ内容は楓のことではなかった。


「今日、各社朝刊に広告が出ました通り、宮本英治さん以外のSTARSのメンバーが本日付で現在の事務所であるアップフラックスを退所、大手事務所の『キャンバス』から再デビューするようです。広告には詳細は記されておらず……」


 その後の音声は英治には宇宙語にしか思えなかった。

 俺以外の、STARSのメンバーが、事務所を、辞めた?再デビュー?

 同じ言葉が何度も何度も頭の中を反芻するが、頭が理解することを拒否している。


 その時インターフォンが鳴った。


「――そう、英治も何も聞かされてなかったのね」

 楓はそう言ってため息をついた。

 昨日の甘い余韻は全くなかった。


 約束の時間通りにやってきたのは楓と西村くんだった。

「私達も寝耳に水なんだけど――」

 そう前置きしたうえで、今まで分かっていることを楓は整理して教えてくれた。

 

 報道の通り、今日の朝刊にある広告が出された。

 そこに出ていたのは「STARS再出発」という文字と英治以外の4人の写真。

 チーフマネージャーである楓も4人の担当マネージャーも事前に把握しておらず、朝から大慌てで情報収集している。


 ここからはまだ推測だけど――、改めて前置きした上で楓は続けた。

 リーダーである星野翔太の祖父は毎経まいけい新聞の会長である星野悠作である。あらゆる業界に顔が利く重鎮である。恐らく悠作が力を貸して今回のことを実施したのだろう。本人たちに連絡を試みているが誰もまだ捕まっていないという。


「とりあえず、英治は個人の仕事を今まで通り続けて。甘宮と、あと毎週のラジオね。STARSとしての仕事は……」

 そこで楓は一旦言葉を切って、再びため息をついた。


「全部なしになるわ」


 STARSとしての仕事はグループでのレギュラー番組が1本とCMが3本。

 どれもまだ契約途中である。それが全ておじゃんになるのだ。


「あと、申し訳ないけど、ほとぼりが醒めるまでしばらく仕事以外の外出は避けて。今も事務所前とマンション前に報道陣が大勢いて、捕まると厄介だから」

 

 うちに聞いたって何にも分からないっていうのに。楓の本音が口をついて漏れる。


「うん、わかった」


 英治はそう答えるのが精いっぱいだった。

 本当は分からないことだらけだった。


 何で4人は俺を置いて出て行ったの?

 俺はこの後どうやって活動していくの?

 1人でやっていけるの?


 でも、そんなことを聞いたところで、きっと楓と西村くんに不安な顔をさせてしまうだけだろう。


「チーフ、そろそろ戻らないと……」


 西村くんが時計を気にしている。きっと事務所での対応が山積みになっているのであろう。


「西村くん、先に戻ってて。私は後からタクシーで戻るから」


 楓はそういって西村くんを送り出した。

 部屋は二人だけになり、無言の時間が流れる。


「ごめんね、英治。こんなことになって」

 楓はそう言って頭を下げた。

「そんな、かえでちゃんだって知らなかったんでしょ。かえでちゃんが悪いわけじゃ……」

 

 英治の言葉を楓は遮る。

「知らなかったじゃ済まされない。こんなこと有り得ない……」

 悲痛な顔を一瞬見せたあと、楓はすぐに気丈に振舞った。

「でも、英治のことは大丈夫だから。ちゃんと西村くんが引き続きやってくれるから」

「かえでちゃん、あのさ……」

 英治はこのタイミングで不安に思っていることを口に出そうとしたが、楓のスマホの着信音に阻まれた。


「あ、ごめんね、英治、ちょっと待ってね。すぐ戻るから」


 楓は画面に出た名前を見るなり、すぐに会議室のドアに手をかけて外に出て行った。


 一人になるとまた昨日聞こえた声が頭に響く。


 ――お前は俺たちがいるから芸能界でやってこれてんだよ。調子乗ってんじゃねぇよ。

 ――俺が本気になればお前程度のタレントなんかいつでも潰せるんだよ

 ――お前のファンて頭空っぽなんだな、お前そっくりじゃねーか


「ごめんね、英治。さっき何か話そうとしてたよね」


 部屋に戻ってきた楓の声で英治は我に返った。

 もうすぐ冬なのにじんわり脂汗をかいていた。


「ううん。俺もう帰っても大丈夫?って聞こうと思ってた」

 

 英治はいつものように笑って精いっぱいの嘘をついた。

 ただでさえ忙しい楓に迷惑をかけたくない。


「ごめんね、せっかくのお休みだったのに。うん、私もこれから事務所に戻らないといけないから、英治も部屋に戻って大丈夫」


 楓はまた申し訳なさそうに言った。


「かえでちゃん無理しないでね」

「ありがとう、英治もね」


 そういうと楓は足早に部屋を後にした。

 楓はその時気づかなかった。英治がテーブルの下で手の震えを隠していたことを。

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