§7 比較
昼食を摂り終えたところで、午後の授業に備えてカフェインを摂取しようと思い、校内の自販機コーナーへと向かった。
校庭でボール遊びをしている生徒たちを横目に、教室のある校舎から武道館へと伸びる渡り廊下を進んでいく。
一人の女子生徒が自販機の前にいるのを見た。すぐにそれが萌菜先輩であることを視認する。
「こんにちは」
近づいた俺は彼女に挨拶した。
「あら、花丸くんじゃん。こんにちは」
俺は缶コーヒーを買いながら
「今日の抄読会はどんなことをやるんですか?」
と萌菜先輩に尋ねた。
「比較かな」
「ほほう、比較ですか」
その時
「あら花丸くんと萌菜先輩じゃないですか。何してるんですか?」
とどこからともなく橘が現れた。
「なんだ、橘か。脅かすなよ。お前は忍者か」
少々、心の臓が止まりかけた俺は、橘に向かってそういった。
「忍者だなんて……。私、別に花丸くんが急に教室を抜け出したから、どこに行くか気になってコソコソあとを付き回してきたとか絶対そういうわけじゃないのだけど」
とつばを飛ばさん勢いで彼女は言う。
「あ、そう」
ムキになっている橘を俺は軽くいなそうとしたのに、萌菜先輩はボソッと
「説明どうもありがとう」
と呟いた。
そうしたら橘は先輩をジロっと見て
「なにか言いましたか、萌菜先輩」
「別に」
不穏な空気を察知した俺は、話題を変えるべく
「ええと! 今日の内容は比較ですね。わあ楽しみだなぁ」
と言った。
そうしたら萌菜先輩が
「……じゃあ、ちょっと予習でもしとこうか」といって「女性を形容するとしたら、どんな言葉を思い浮かべる?」
と尋ねてきた。
「セクシー……とか?」
その瞬間、萌菜先輩の目が一瞬光ったように見えた。
「じゃあそのセクシー度合いを比較の観点として、対象を私と美幸ちゃんにした場合、セクシー度合いについてどちらが程度が上か比較できるよね?」
「え、あ、はい」
「ということでセクシーさにおいて私達を比較した文を作ってくれる?」
なるほど。俺は墓穴を掘ったらしい。
「えと、セクシィ……、どちらが、よりセクシィ……」
「どうしたの? そんな難しい質問はしてないよ?」
とニヤニヤと面白そうなものを見る目でいる萌菜先輩と
「早く言ってしまいなさいよ」
と凍てつく目で俺を見ている橘とに挟まれ、俺は吃りまくっている。
「……あの、勘弁してください」
「何が?」
「人と人を比べちゃいけないって道徳の授業で習いました!」
「モラルのモの字さえ知らないような人が、今更何を言っているのかしら?」
──────────
今日のテーマは比較構文だ。比較は虫食い的に勉強するのが難しいから、まずここで基本的な知識をおさらいしてから、その後で読解に入ろう。
§2で少しだけ話したのを覚えているかな。
『比較構文では比較の「対象」と「観点」に注目』
このことを振り返りながら、まずシンプルな文から復習しておこう。
A than B.
AがBより何かの観点で程度が大きいことを意味する文。
Miyuki is sexy.
↕
Moena is sexy.
比較級とthanを用いて二文を繋げれば
Miyuki is sexier than Moena is.
になる。共通する部分はしばしば脱落するので(比較の観点であるsexyについては、than以後では必ず消失する→註)
Miyuki is sexier than Moena.
と書かれることもある。
比較の対象は上のように別人である必要はなく、今の美幸ちゃんと、過去の美幸ちゃんであってもいいよね。
Miyuki is sexy today.
↕
Miyuki was sexy yesterday.
今日の方がよりセクシーだとするなら
Miyuki is sexier than yesterday.
共通する部分が脱落するのは上と一緒。
また過去より今の美幸ちゃんがセクシーなら副詞everやbeforeを使って
Miyuki is sexier than ever.
Miyuki is sexier than before.
このようにthanという接続詞は、後ろに名詞だけでなく、副詞を入れることができる。
副詞が入るということは副詞節が入ってもいいよね。だから
Miyuki is sexier than when he last saw her.
「美幸は彼が最後に彼女を見た時よりもセクシーだ」
という文もあり得る。
副詞の語、副詞節がthan以下に入れるならば副詞句も当然入る。
It's better to visit by boat than by car.
ここでは移動手段を表す副詞句「by boat」と「by car」とを比べている。
さらには
Expressing yourself in pantomime is more difficult than if you use words.
「パントマイムで表現することは言葉で表現するより難しい」
というように
副詞句「in pantomime」と副詞節「if you use words」を比較する場合もある。
形式目的語itに対する真の目的語を比較する例もあり
He found it sexier seeing her try to hide her underwear than when they were on full display.
He found it sexy seeing her try to hide her underwear.
↕
He found it sexy seeing her when underwear were on full display.
「彼は、彼女が下着を隠そうとしている姿のほうが、下着が丸見えの場合より、セクシーだと思った。」
cf. I feel sexy. (ムラムラする)
「美幸ちゃんと違う人」「今の美幸ちゃんと過去の美幸ちゃん」という風に比べてきたけど、現実に存在していない美幸ちゃんとも比べてもいい。
花丸:というと?
例えば、君の頭の中にいる美幸ちゃんとかね。
Miyuki is sexier than he expected.
「美幸は彼が想像していた以上にセクシーだ」
この場合は花丸くんの想定していた美幸ちゃんという(Motoki expected that she would be sexy)、いわば頭の中の美幸ちゃんよりも、現実の美幸ちゃんのほうがセクシーということだね。
ちなみに、than のあとはhe expectedという目的語が欠落した形だよね。このようなthanは疑似関係代名詞といって、関係詞の一種であるというふうな説明がされることもあるよ。
以上のようにthan の前後で比べるものが複雑になっても
比較級than 語・句・節
という形に帰着でき、SV than S'V'の省略がもとであることを覚えておこう。
註 比較の観点であるsexyについては、than以後では必ず消失する。
これがなぜそうなるのかというと、意味的な説明から言える。
よし、花丸くん。質問だ。美幸ちゃんはセクシーだと思う?
花:……まあ。
橘:えっち。
花:……。
じゃあ私はセクシーかな。
花:……そう、思います。
橘:ほんと最低、浮気者。
花:……。
そうか。じゃあ、安曇ちゃんのことはセクシーだと思う?
花:……思いません。
安曇:ひどい!
花:……安曇はどちらかというと、「かわいい」だと思います。
安:う、うーん。そっか。まあいいや。
問題はそこだ。
Miyuki is sexier than Azusa.
と来た時、話し手がMiyukiのことをセクシーだと思っているのはほぼ確実(絶対ではない)だけれど、
Azusaに関しては必ずしもそうとは限らない。
thanの比較構文では程度の大小を比較しているから
Miyuki is sexy. と Azusa is not sexy.を比較しての
Miyuki is sexier than Azusa is. かもしれないということだ。
あるいは実はMiyukiもそれほどセクシーではなくて、Azusaと比べればちょっとはセクシーみたいな時でも、Miyuki is sexier than Azusa is.と書かれる。
この時のsexier は絶対的な意味はぼやけて、程度の大小の観点を示す記号でしかないということだね。
例えば日本語でもどれだけ低かろうと、身長についていう時、「背の高さ」とはいっても、「背の低さ」とは言わないし、体重についていう時「重さ」とは言うけど、「軽さ」とは言わない。155㎝40㎏のAくんと、150㎝45㎏のBくんを比べるときも「背の高さはAくんのほうがBくんより高い」「重さはBくんのほうがAくんより重い」。一般的にはAくんもBくんも小柄だけど、相対的な程度の差を言う時には「高さ」「重さ」というよね。
例
「この湖は深さが浅い」「あの鳥は大きさが小さい」
だから
A is taller than B is.
と書かれてあっても、BくんだけでなくAくんも背が高いとは限らないわけだ。
もう一つ注意点。
上で書いたように、比較構文で比較されるものは主語であるとは限らない。このことをふまえて以下のような文を見た時
Miyuki knows Motoki better than Moena.
解釈の揺れが生じる。
her friendsが何と比べられているかにより、二通りの訳が考えられるからだ。
① 主語のMiyukiと比べている場合。
Miyuki knows Motoki well.
↕
Moena knows Motoki well.
上の二文の比較とすると、比較の対象は「美幸の元気に対する理解」vs「萌菜の元気に対する理解」で、比較の観点は「理解の深さ」だ。美幸ちゃんの元気くんに対する理解のほうが、萌菜の元気くんに対する理解よりも深いことを意味して「美幸のほうが、萌菜より元気のことをよく知っている」という訳になる。
② 目的語のMotokiと比べている場合。
Miyuki knows Motoki well.
↕
Miyuki knows Moena well.
上の二文の比較とすると、比較の対象は「美幸の元気に対する理解」vs「美幸の萌菜に対する理解」で、比較の観点は「理解の深さ」だ。美幸ちゃんの元気くんに対する理解のほうが、美幸ちゃんの萌菜に対する理解よりも深いことを意味して「美幸は、萌菜のことより元気くんについてのほうが詳しい」という訳になる。
上の意味の違いは、文脈によって判断できるものと思われるが、誤解なく伝えるためには
①Miyuki knows Motoki better than Moena does.
②Miyuki knows Motoki better than she does Moena.
という風に、than以下のSVを省略せずに書く必要がある。
今回はここまで。
次回は実際に比較構文を含んだ記事を読んでいくよ。
今回のポイント
その一 比較構文の基本形はS V 比較級 than S'V'.で脱落が生じて
S V 比較級 than 語・句・節になる。
その二 比較されるのは主語だけでなく、目的語、補語、修飾語もある。
その三 比較構文では比較の「対象」と「観点」は相似している。
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