最強の鑑定士って誰のこと? ~満腹ごはんで異世界生活~/港瀬つかさ

 <焼き肉のお供にサニーレタス>



「お肉美味しいよ、ユーリ!」

「良かったね、レレイ」

「うん!」


 満面の笑みで感想を伝えてくるのはレレイだった。今日も彼女は喜怒哀楽がとても解りやすい。嬉しそうにニコニコ笑っている。

 そんな彼女が食べているのは、肉である。見た目は可愛いお嬢さんだが、中身は猫獣人の父親から身体能力を受け継ぎ、胃袋も肉食獣並みだった。つまり、お肉大好き大食漢だ。

 いつもと違う部分があるとすれば、焼いた肉をわざわざ葉っぱで包んで食べているところだろう。ほどよい大きさに千切られたサニーレタスがそこにある。味付き肉なので、サニーレタスと一緒に食べても充分に美味しい。

 ちなみに今日の夕飯が焼き肉になった理由は、皆が大量発生したビッグフロッグを退治してきたからに他ならない。指導係と訓練生が退治に出かけ、解体作業からは見習い組も合流した。頑張って働いた結果、報酬として賃金の他にお肉も貰ってきたのだ。

 働きに応じてお肉を貰えると解っていたからだろう。レレイは、それはもう張り切っていた。戦闘に出られない見習い組も、解体作業に参加すると解ったので、彼女はそりゃもう、大量のビッグフロッグを退治したのだ。

 いわば、この大量のお肉はレレイの頑張りの結晶だった。勿論、皆が頑張って持ち帰ってきたのだけれど。

 ビッグフロッグの肉は、鶏のモモ肉に似ている。基本的に安価なので庶民の味方だ。そして、時々今回のように大量発生するので、更に安くなる。大量の大型蛙は危険だが、美味しいお肉になると解っているので皆も元気に退治に行くのだ。

 そんな風に持ち帰られた大量のお肉を、悠利ゆうりは色々な味付けの漬けにした。タレに漬け込んで後は焼くだけという状態にしたのだ。そうすれば、各々が卓上で焼き肉を簡単に楽しめる、と。

 生姜醤油、ガーリック醤油、オリーブオイルとハーブ塩、ごま油と塩、ガーリックマヨネーズと、最後にシンプルに塩胡椒のみのもの。好きな味のお肉を自分で焼いて、サニーレタスを巻いて食べる。それが今日のご飯である。


「お肉一切れに対して、葉っぱ一枚だからね、レレイ」

「うん」

「皆も、葉っぱも一緒に食べてくださいね」

「「はーい」」


 元気の良いお返事だった。悠利がこんなことを言うのには理由がある。肉があると、どうしても肉まっしぐらになってしまう面々が多いからだ。

 別に、お肉を食べるのが悪いわけではない。タンパク質は大切だ。しかし、ビタミンや食物繊維も大事なので野菜もきちんと取ってもらいたいのだ。

 鉄板の上で肉を焼くときに、野菜も一緒に焼くことは多々ある。しかし、どうしても皆の箸が伸びるのは肉。そこで、ならばいっそ肉と野菜をセットにしてしまえと、サニーレタスを巻いて食べることを提案したのだ。

 なお、選んだ葉野菜がサニーレタスなのは、単純にサニーレタスがいっぱいあったからだ。そんなもんである。

 勿論、焼き肉だけがメニューではない。箸休めにトマトやキュウリを食べやすい大きさに切ってあるし、キノコと根菜のたっぷり入った具沢山スープも用意している。皆が野菜を焼かないならば、別の料理で野菜を取れるように献立を考えるだけだ。

 ちなみに、米とパンはお好みで。大食いメンツは腹持ちが良いからなのか、肉だと箸が進むからなのか、ご飯を選んでいた。白米大盛りでお代わり上等という感じだ。


「んー、やっぱりマヨネーズはサニーレタスと合うなぁ」


 焼かれたことで香ばしいマヨネーズの香りと、食欲をそそるガーリックの香りが相乗効果で美味しさを引き出す。ビッグフロッグの肉の芳醇な肉汁もあいまって、口の中がご馳走状態だ。

 生のガーリックはそれだけではピリリとするが、マヨネーズと混ぜることで角が減る。その上、サニーレタスに巻いて食べるのだから、実に食べやすい。他の味も美味しいが、サニーレタスとの相性はコレが一番かもしれないと悠利は思った。

 もぐもぐと咀嚼する悠利の前で、テキパキと肉を焼いているのはクーレッシュだった。鉄板の上を区切って、各々の前の肉を食べられるようにして仕切っている。鍋奉行ならぬ鉄板奉行だろうか。

 なお、彼がそんな風に頑張っているのには理由がある。油断すると、目の前の焼けたお肉を全部食べてしまうお嬢さんがいるからである。赤いネズミならぬ赤い猫。耳も尻尾もないが、猫まっしぐら状態でお肉に突撃するので。


「ユーリとヘルミーネは、無理しない程度に食べろよ。レレイは自分の前以外は食うな。絶対にだ」

「解ってるよー」

「食い物に関するお前の解ってるほど当てにならないものはねぇんだよ」

「ひどーい!」

「「ヒドくない」」


 思わず声を上げるレレイに、悠利とヘルミーネは異口同音に呟いた。ツッコミというほどではない。思わず言葉が零れたという感じだ。しかし、だからこそ、真理であった。


「何で二人まで言うの……!?」

「何でって……」

「むしろ、何で言われないと思ってたのよ……」


 ヒドいよーと訴えてくるレレイに、悠利とヘルミーネはため息を吐いた。普段の言動を振り返ってほしい。お子様相手でも大人げなく争奪戦を繰り広げているのはどこの誰なのか。

 そんな風に悠利のテーブルは賑やかだが、他のテーブルもそれなりに賑やかだった。見習い組の四人はわいわいと言い合いながら食べている。どのお肉が美味しいかを主張し合うのは、まぁ、彼ららしい。


「オイラはこの生姜醤油のやつが好きだなー。生姜がピリッとするのが何か美味しい」


 満面の笑みでそんなことを言うのは、ヤック。農家出身なので、野菜ももりもり食べる彼は、サニーレタスと肉を一緒に食べるのを楽しんでいた。

 肉だけでも、サニーレタスだけでも美味しい。けれど、合わせたらもっと美味しい。熱々のお肉に巻いたサニーレタスが、ちょっぴりへにゃっとなるのもまた面白い。

 かぷりとサニーレタスごと肉を囓れば、じゅわりと旨味が口の中に広がる。生姜醤油はそれだけで美味しいし、焼かれたことでより一層香ばしくなっているので肉のしっかりとした旨味ともあいまって味は濃く感じる。

 しかし、その濃い味を和らげるのがサニーレタスの存在だ。シャキシャキとした葉っぱの食感と、サニーレタスが持っている水分のおかげで、濃い味がマイルドになる。

 マイルドになるとどうなるか。……沢山食べられるようになるのだ。育ち盛りには大歓迎である。


「俺はこのオリーブオイルとハーブ塩のやつが好きかな。肉の味が良い感じに解る」


 楽しげに笑ってカミールはサニーレタスを巻いた肉を囓る。彼の言った通り、オリーブオイルとハーブ塩でほんのりと味付けされた肉は、本来の味が強く感じられる。

 また、それだけでなく、その二つの効果で上品な仕上がりだ。サニーレタスとの相性もよく、ちょっとサラダを食べているような気分にもなる。

 そしてカミールは、パンに挟んだら美味そうだなと、半分に割ったロールパンに挟んで即席サンドイッチを作っていた。確かに美味しい。

 ふわふわのロールパンに、サニーレタス、オリーブオイルとハーブ塩で味付けされたビッグフロッグの肉。奇抜なものは何一つないので、実に見事な調和だった。


「パンに挟むのも美味そうだな」

「ウルグスもやれば?」

「ガーリック醤油はライスとの相性が良いんだよ……」


 これが美味いんだ、としみじみと呟くウルグス。大盛りの白米を手にして言う姿は、実感がこもっていた。説得力がある。

 サニーレタスを巻いたガーリック醤油の肉を豪快に口に放り込むと、そこへ白米をかっこむ。かっこむ、である。丼飯を食べるかのように食べている。

 それでも、行儀が悪くなるギリギリという感じの食べ方だった。口に沢山入れているが、頰袋が膨らむほどではないし、咀嚼している間は口を開かない。普段の印象から忘れがちだが、彼は育ちの良いお坊ちゃまなのである。

 噛めば噛むほど口の中にガーリック醤油の旨味が広がり、サニーレタスのシャキシャキ食感と調和する。そして、その全てを白米が飲み込むのだ。無限にご飯が食べられる、みたいな気分になっているウルグスだった。


「ウルグス、豪快に食べる割に、根っこは行儀良いよね」

「あ?」

「育ちが出てるよなぁ……」

「カミールもでしょ」

「商人は所作も大事なんだよ」

「カミールは何を目指してるの……?」


 商人の息子は、トレジャーハンターを目指している割に、ちょいちょい商人としての心得を挟んでくる。妙に情報通なのも含めて、根っこは商人のままなのかもしれない。

 なお、ウルグスが何気に行儀が良いのは、良い家のお坊ちゃんだからである。平民だけど、王宮の文官を務め続ける家柄のお坊ちゃまだ。普段はどこからどう見てもガキ大将なのに、ちょこちょこ育ちの良さが見え隠れする。

 まぁ、当人はそんなことは気にしていないのだけれど。俺は俺だとでも言いたげである。その隣のマグは、三人の会話を我関せずという状態で食事を続けていた。相変わらずのマイペースだ。


「お前はどれが気に入ったんだ?」

「……ごま油」

「へー。そっちか。ただの塩胡椒かと思った」


 ウルグスに問われたマグは、香ばしい匂いが食欲をそそるごま油と塩の組み合わせを告げた。サニーレタスでぐるぐる巻きにした肉を、大きく開いた口へと放り込むようにして食べている。

 開けた口は大きいが、口そのものは小柄なためにあまり大きくないので、必然的にリスが餌を頬張るみたいになっているが、当人は気にせずもぐもぐと咀嚼している。

 ごま油と塩という組み合わせは、肉との相性がよくぐっと旨味を引き出している。そもそも、ごま油の匂いは食欲をそそるのだ。その美味しさを最大限に活用するような味付けだった。

 ビッグフロッグの肉は脂があってジューシーなので、塩が加わるだけで十分に美味しい。サニーレタスとごま油の相性も悪くないようで、マグは満足そうに食べている。

 実に平和な光景だった。出汁が絡まないご飯のときはマグが大人しいので、見習い組も平和にご飯が食べられる。……うっかり味付けに出汁が絡んでいた場合、彼らは獲物を狙うようなマグと戦うことになるのだから。

 まぁ、主な被害者はウルグスなのだが。気を許した相手には容赦がないマグだった。

 そんな賑やかな子供達と裏腹に、大人は静かに食べている。……まぁ、賑やかなテーブルもあるのだが、とりあえずアリーのテーブルは静かだった。同席者がブルックとジェイクとティファーナだからかもしれない。争奪戦は起きない。

 満遍なく何でも美味しく食べている皆だが、ついつい手が伸びるのは塩胡椒だけのシンプルな味付けだった。

 コレには一応理由がある。他の味付けも美味しいのだが、沢山食べていると若干飽きてくるのだ。口直し、箸休めのような感じで選ばれるのが、塩胡椒のものだった。

 勿論、トマトやキュウリ、スープも箸休めにはなる。口の中を違う味でリセットする役目にはなるだろう。ただ、シンプルな、実にシンプルな塩胡椒の肉というのは、肉の旨味だけを純粋に楽しめて落ち着くのだ。


「しっかし、同じ肉をこうも違う味付けにするとはなぁ……」

「ユーリらしいな」

「ちなみに、理由は知ってます?」

「「知らん」」

「ティファーナは知ってるんですか?」

「えぇ」


 感心しているのか呆れているのか解らない口調でアリーが呟けば、ティファーナが笑みを浮かべて問いかける。男三人の疑問に答えるように、彼女は口を開いた。その顔は、悪戯を思いついたような笑みだった。


「どの味付けにするかを皆に相談したら、結局決まらなかったから、らしいですよ」

「……あいつらしい」

「そもそも、最初に出した選択肢が多いところがユーリですよね」


 くすくすと楽しげに笑うティファーナ。確かにその通りだと男三人は思った。二択ぐらいにしておけば、穏便にどっちかの味に決まっただろうに。

 ちなみに、悠利は大量の肉を食べるなら味変出来る方が良いだろうなぁと思って、幾つか提案しただけである。提案したら、「提案したの全部食べたい!」みたいなノリになっただけで。そして、それなら全部作れば良いか、となっただけで。


「でも、このサニーレタスで巻いて食べるというのは良いですね。私でも美味しく食べられます」

「お肉だけ食べるのは結構しんどいですからねぇ」

「確かに。パンやライスと一緒に食べるとなると、今度は量が食べられませんしね」


 美味しそうにサニーレタスを巻いた肉を食べながらティファーナが言えば、ジェイクもそれに同意する。食が細めの人にしてみれば、お肉をどーんと出されても胃もたれしてしまうのだ。その点、サニーレタスが良い仕事をしている。

 二人の会話を、ブルックとアリーは「そういうものか?」みたいな顔で聞いていた。身体が資本の冒険者。片や前衛、片やメイン職業ジョブは後衛だが前衛も余裕でこなせる男。どちらも大食漢なので、二人の言っていることがあまり解らないのだ。

 そんな二人だが、彼らもサニーレタスを巻いた肉は美味しいと思っていた。いつものように肉だけを食べても美味しいが、雰囲気が変わってこれはこれで美味しかった。卓上のサニーレタスは、肉と同じように順調に消費されている。


「レレイ、何ならサニーレタスいっぱい食べても良いんだよ?」

「葉っぱだけだと味がないもん」

「肉の三倍は野菜を食べた方が良いっていう考え方もあるから」

「お肉の三倍!? ……つまり、三枚巻けば良い?」

「いや、それは、どうだろ……」


 肉の大きさとサニーレタスの大きさによるのでは……? と思った悠利だった。しかしレレイは大真面目な顔をしていた。ちゃんと食べなきゃ駄目なんだね、と言っている。素直である。

 お肉大好きなレレイだが、特に嫌いなものはなく、何でも美味しく食べる。お肉が好物なだけで、野菜が嫌いなわけではないのだ。なので、悠利の言葉を聞いてサニーレタスを二枚や三枚巻いて食べるようになった。


「……野菜を三倍って、本当?」

「うん。僕が聞いた話ではね。美味しく食べるのが一番だけど、健康を心がけるのは大事だよね」

「まぁ、それもそうよね」


 悠利の話を聞いて、ヘルミーネはトマトとキュウリに箸を伸ばした。別にサニーレタスを食べなくても、野菜は他にもある。肉にサニーレタスを複数枚巻くと食べにくくなるので、他の野菜を食べることにしたらしい。


「お前、本当に色々と変なこと知ってるよな」

「単なる雑学だし、間違ってることもあるだろうから、話半分で聞いてー」

「へいへい」


 正しく栄養学を勉強したわけでもないので、悠利はのほほんとそう告げた。美味しく、楽しく、健康にご飯を食べられたら一番だよなぁとは思っているが。




 そして、大量のビッグフロッグ肉とサニーレタスは、皆の胃袋に恙なく収まるのでした。今日も皆とのご飯は美味しいです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る